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2009年8月9日

2009年8月 9日 (日)

製作サイドから

「砂の道の向こう」を製作するにあたり、スタッフ間で様々な議論が起こり、またスタッフは原作者の柳田さんと長い長いメール交換、また直接お会いして良く話し合い、意志を同じくし、撮影に臨みました。と言うのは過去に様々な戦争映画が有りましたが、それらは戦争を悼む形を取りながら、死んでいく人々の悲しみを、涙を通して何か美しいものにしている気がしたからです。兵士は凛々しく、死に行くものは悲壮感を持ち、結局、国のために死ぬ、或いは家族、を守るために戦うと言う言葉が繰り返され、人と人とが殺し合う、また何の罪も無い人々が殺される戦争の痛ましさはそこに埋没してしまうからです。この映画を製作するにあたり、元軍人、遺族、戦争被害者、加害者から多くの話しを聞きました。またいまだに平和に対してアレルギーを持つ人々、大義のためには少数の命は犠牲にしても仕方がない、等の残念な議論があることも否めません。製作サイドは特に監督ですが、戦争で死にゆくものの表現はしない、との姿勢を取っています。
従って指宿ムービープロジェクト実行委員会がこの映画を通じて訴えたいことは、指宿の美しい自然の中、戦争と言う残酷な事実のために愛する家族が引き裂かれたこと、そしてそれはどこか別の宇宙で起きたことではなく、この指宿で実際に起きたことだと言うことです。魚見岳の麓にはつい最近まで飛行場の後があり、それは海軍の飛行艇の基地で、戦争末期には各地から優秀な飛行兵が集められ、特攻隊として連合軍の戦艦に体当たりするために飛び立った場所です。映画の冒頭で女の子が発見するコンクリートの固まりはその残骸で今でも残っています。指宿から飛び立った特攻機から軍艦を破壊されたため、米軍は指宿飛行場に向けて攻撃をしかけ、指宿飛行場は壊滅的な打撃を被り、その際民間人も多数無くなったり、重傷を負っています。
特攻隊の基地は薩摩半島各地にあり、多くの若い方が亡くなっています。

原作者からの手紙 その3

原作・鑑賞の手引き3「原作はどんな話?−2」

  原作「砂の道の向こう」の内容です。映画と異なります。
  どこがどう異なるか、想像してください。映画を見るもう一つの楽しみになるのではないでしょうか。

  短いシナリオ案を「映画」につないでいく脚本家(今回は上野監督)の感性が、「もう一つの作品」を作り上げると思います。
  原作者としても、ますます楽しみです。

  1 子供達の喧嘩…ふたりの思い出
  2 海軍兵学校合格祝い…ふたりの気持ち
  3 屋久島西方沖対潜水艦戦…指宿海軍航空隊の任務
  4 自然観察会…(現在)知林ヶ島を守る人々と見守る靖恵
  5 指宿高等女学校…噂話
  6 松林の二人…靖恵の決意
  7 大村海軍航空隊の訓練…つらい訓練
  8 亡き友の妻…女の覚悟
  9 「ト号作戦」…男の覚悟
 10 結婚…幸せ
 11 指宿基地空襲…昭和20年5月5日
 12 防空壕…作戦会議、最後の特攻
 13 約束…また会おう。
 14 出撃…昭和20年7月3日
 15 自然観察会から帰る…(現在)守る決意に喜ぶ靖恵
 16 砂の道…(現在)愛しき人
 17 鈴

映画にはない原作の言葉:「ご実家は広島市内でしたね。たしか勧業会館ですか、大きなドームのある建物が目印とお聞きしたことがあります」

いろいろな映画を見ています

最近はDVDのレンタル屋さんも安くなり、いつでもすきな映画を見ることが出来るようになりました。参考にしたり、ぱくったり、いやこれはジョークジョーク。するためにかなりな数の映画を観て、かなりな数の本を読んでいます。好きな監督はリュックベッソン、何を撮っても良い!!中でも一押しは「Angel・A」。何をやってもだめな男が河に身を投げようと欄干に立って水面を見つめていると、すぐ隣に身長が190cmくらいの大女がやはり飛び込もうとしている、実は彼女は天使。なんたってこの映画は良い。リュックベッソンはニキータやレオン、タクシー、またパトリス・ルコント監督の「橋の上の娘」これもまた良い。中年のおじさんに受けるだろうなあ。
またそこそこ最近の映画のお薦めは「ただ君を愛してる」、宮崎あおいちゃん主演、なんと泣かせることか、「今会いに行きます」と同じ原作者でもう一つの「いまあい」と言われてます。是非ご覧ください。古くは世界のクロサワの「赤ひげ」時代を超えて面白く、感動します。 まだまだありますがまた書きますね。

原作者からの手紙 その2

原作・鑑賞の手引き2「原作はどんな話?−1」

  応募の原作「砂の道の向こう」は、400字詰め原稿用紙65枚の中編小説です。
  平成20年という節目の年に、同じ節目の年となった昭和20年を思いながら書きました。
  「あらすじ」を改作し、シナリオ案として応募しました。
  
 あらすじ

 鹿児島県指宿市の魚見岳とその麓の海岸一帯は、霧島屋久国立公園に指定され、豊かな自然が指宿の人々によって守られている。
 海岸の田良岬と沖合八百メートルに浮かぶ知林ヶ島との間には、大潮の干潮の時に砂の道が現れ、岬から歩いて渡ることができる。
 かつてこの海岸には、指宿海軍航空隊基地があり、先の大戦末期、水上飛行機による特別攻撃隊が発進した。

 晩年の柳瀬靖恵は、この海岸で過ごすのが日課であった。  
 彼女の夫・柳瀬直行海軍中尉は、昭和二十年七月三日水上飛行機による特別攻撃隊の一員として出撃した。
 最後の夜、直行は靖恵に、どんなことがあっても生き延びて欲しいと言い、またあの砂の道で会おうと約束した。

  初夏のある日、靖恵が一日を過ごした海岸から帰ろうとした時、消えていた砂の道が突然現れた。
  その砂の道を、直行が別れた日のままの姿で歩いてきた。
  直行は、約束通りに懸命に生きた靖恵を誉めた。
 靖恵は、その八十三歳の生涯を、砂の道で静かに終えた。
 知林ヶ島から、かすかに鈴の音が聞こえていた。

内容構成

1 子供達の喧嘩 2 海軍兵学校合格祝い 3 屋久島西方沖対潜水艦戦 4 自然観察会 5 指宿高等女学校 6 松林を歩く二人 6 大村海軍航空隊の訓練 7 亡き友の妻の覚悟 8 「ト号作戦」の意味 9 結婚  10 指宿基地空襲 11 最後のト号作戦 12 最後の夜の約束 13 昭和20年7月3日出撃の朝 14 ト号作戦機発進 15 自然観察会から帰る子供達 16 突然現れる砂の道 17 鈴の音 

映画にはない原作の言葉:「父も喜ぶよ。靖恵さんは父のお気に入りだから」「お父様だけですか」
次回は、内容構成を、少し詳しく書かせていただきます。    
 

さて

さて、「砂の道の向こう」上映、リリースまで5ヶ月を切りました。編集、追加撮影、音声録音等、まだまだ多くの事を続けています。しかし、ここに来て指宿市役所から、KKB鹿児島放送恒例の「ふるさとCM大賞」への参加を打診があり、スタッフはばたばたし始めました。締め切りは9月1日、しかし、案もシナリオも決まっていないためみんなでああだこうだとメールが飛んでいます。今回はスタッフと役者で中学1年生までが案を出し、なかなかな評を得ています。さあもう少し待ってみましょう。

太平次 旅立ち

  • 216
    指宿ムービープロジェクト制作の6つめ(名義は7作目)の映像は指宿まるごと博物館と共同で制作する「TAHEIJI旅立ち」 幕末の指宿に生まれ、海上王として花開き、日本の長者番付でトップになり、島津藩の逼迫した財政を立て直し、ついに明治維新へと舵を切らせた希代の英雄、濱崎太平次を多くの資料や聞き書きによって脚本化し、念願のドラマを今年造ります

好奇心の漂流記

  • 打ち寄せる青い波
    2010年7月からクランクインした「好奇心の漂流記」もやっとクランクアップが見えて来ました。とは言え、今日も「見た目」「イメージ」「・・・」を撮影に1人うろうろ、してる人物がいます。今年こそは指宿市民会館で上映できると張り切っています。このアルバムはブログで紹介できなかった様子をそのままお見せしています.

ふるさとCM撮影

  • 菜の花畑で
    3月30日、春休み最後の日を利用して、菜の花が最後まで残った池田湖の菜の花畑をお借りして撮影しました。締め切りは今年9月ですが、菜の花がテーマなのでいち早く撮影しました。なんと1日で。

5年後の縁結び

  • Pict0095
    2008年9月7日日曜日クランクアップの日。今まで携わってくれた方全員は集まれませんでしたが、中学生を中心に知林ヶ島が見える海岸に集合しました。最後の撮影はまた、大急ぎで行われ、なんとか撮り終わりました。この後、記念撮影の後、制作サイドで用意した記念品を配り、主演の宮田絵里花 さんと若松大義くん、それに最年少の輝帆ちゃんとひなちゃんに花束贈呈をしました。絵里花ちゃんたちはサプライズとして、みんなで色紙を書いて制作統括に渡し、統括は目を潤ませるといった1シーンもありました

トリオ撮影日記

  • Pict0665
    指宿ムービープロジェクト実験ドラマ「トリオ」の撮影風景です。たった6日間の軌跡です。しっかり、楽しんで、たくさんの思い出を残し、良い映画を作りたいです。

今までのナイスショット

  • Dsc00348
    今まで撮影した中、あるいは、スチールを撮りに行った時のナイスしょっと等載せました。この中からアイドルが生まれるかもね

入院中の望美

  • Photo_1
    ヒロイン;望美が事故に遭い入院してるのがこの病院、最初の話では鹿児島市で事故に遭い、救急車で鹿児島市内の病院に運ばれ、指宿市内の病院に転院という設定でしたが、救急車が指宿市内まで運んでくれたことになり、この南記念クリニックで撮影させていただくことになりました。というのはカメラマンの樋園さんがここで理学療法士として働いているため。先生その節はお世話になりました。

事故シーン

  • Photo
    指宿中央自動車学校と鹿児島中央駅キャンセビル横で撮影した事故シーンの写真 役者・スタッフを前に前説をするむっちゃん、寒さの中をじっと耐えるエキストラの面々、等見所充分。とはいえやはり、血だらけで横たわる望美嬢の悲惨さに目をつぶることはできません。 この日は2つの街が現場なのと大勢の方に協力を頂いているのでもう、大変でした。雨も降ったりやんだり、突然晴れたり、もう、どっちかにしてくれ、撮影できないよ
フォトアルバム

指宿ムービープロジェクト関連サイト

  • FB  指宿ムービープロジェクト
    指宿市を舞台に映画作りをしています。指宿が生んだ幕末の豪商、浜崎太平次と指宿に伝わる篤姫の話しを映像にしました
  • 指宿ムービープロジェクト公式ホームページ
    指宿ムービープロジェクト実行委員会のすべてを掲載しています
  • 指宿市役所
  • いぶすき菜の花マラソン実行委員会
    新年第二日曜日に指宿市内で行われるマラソン大会。沿道には早咲きの菜の花が咲きそろい、市民が応援する、おもてなしのマラソン大会来年で29回うぃ数える、14,000名を超える参加者がある。
  • 平成版IT湯治
     湯治という営みは、まだ病院や医学の知識も無い遠い昔から、人々が元気になる為の手段として有りました。 労働や、日常の様々なストレスの中で疲れた心と体を、薬でなくとも温泉や自然、静かな環境などが癒してくれることを、人々はその体験から知っていたのです。  この体感的に感じていた温泉の湯治効果を、現代のIT技術で、目で見て判るかたちで知り、それを観光や日常の健康づくりに活かそうという試みが、指宿温泉で始まりました。  それが「平成版IT湯治」です。