製作サイドから
「砂の道の向こう」を製作するにあたり、スタッフ間で様々な議論が起こり、またスタッフは原作者の柳田さんと長い長いメール交換、また直接お会いして良く話し合い、意志を同じくし、撮影に臨みました。と言うのは過去に様々な戦争映画が有りましたが、それらは戦争を悼む形を取りながら、死んでいく人々の悲しみを、涙を通して何か美しいものにしている気がしたからです。兵士は凛々しく、死に行くものは悲壮感を持ち、結局、国のために死ぬ、或いは家族、を守るために戦うと言う言葉が繰り返され、人と人とが殺し合う、また何の罪も無い人々が殺される戦争の痛ましさはそこに埋没してしまうからです。この映画を製作するにあたり、元軍人、遺族、戦争被害者、加害者から多くの話しを聞きました。またいまだに平和に対してアレルギーを持つ人々、大義のためには少数の命は犠牲にしても仕方がない、等の残念な議論があることも否めません。製作サイドは特に監督ですが、戦争で死にゆくものの表現はしない、との姿勢を取っています。
従って指宿ムービープロジェクト実行委員会がこの映画を通じて訴えたいことは、指宿の美しい自然の中、戦争と言う残酷な事実のために愛する家族が引き裂かれたこと、そしてそれはどこか別の宇宙で起きたことではなく、この指宿で実際に起きたことだと言うことです。魚見岳の麓にはつい最近まで飛行場の後があり、それは海軍の飛行艇の基地で、戦争末期には各地から優秀な飛行兵が集められ、特攻隊として連合軍の戦艦に体当たりするために飛び立った場所です。映画の冒頭で女の子が発見するコンクリートの固まりはその残骸で今でも残っています。指宿から飛び立った特攻機から軍艦を破壊されたため、米軍は指宿飛行場に向けて攻撃をしかけ、指宿飛行場は壊滅的な打撃を被り、その際民間人も多数無くなったり、重傷を負っています。
特攻隊の基地は薩摩半島各地にあり、多くの若い方が亡くなっています。
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