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2009年8月 9日 (日)

いろいろな映画を見ています

最近はDVDのレンタル屋さんも安くなり、いつでもすきな映画を見ることが出来るようになりました。参考にしたり、ぱくったり、いやこれはジョークジョーク。するためにかなりな数の映画を観て、かなりな数の本を読んでいます。好きな監督はリュックベッソン、何を撮っても良い!!中でも一押しは「Angel・A」。何をやってもだめな男が河に身を投げようと欄干に立って水面を見つめていると、すぐ隣に身長が190cmくらいの大女がやはり飛び込もうとしている、実は彼女は天使。なんたってこの映画は良い。リュックベッソンはニキータやレオン、タクシー、またパトリス・ルコント監督の「橋の上の娘」これもまた良い。中年のおじさんに受けるだろうなあ。
またそこそこ最近の映画のお薦めは「ただ君を愛してる」、宮崎あおいちゃん主演、なんと泣かせることか、「今会いに行きます」と同じ原作者でもう一つの「いまあい」と言われてます。是非ご覧ください。古くは世界のクロサワの「赤ひげ」時代を超えて面白く、感動します。 まだまだありますがまた書きますね。

さて

さて、「砂の道の向こう」上映、リリースまで5ヶ月を切りました。編集、追加撮影、音声録音等、まだまだ多くの事を続けています。しかし、ここに来て指宿市役所から、KKB鹿児島放送恒例の「ふるさとCM大賞」への参加を打診があり、スタッフはばたばたし始めました。締め切りは9月1日、しかし、案もシナリオも決まっていないためみんなでああだこうだとメールが飛んでいます。今回はスタッフと役者で中学1年生までが案を出し、なかなかな評を得ています。さあもう少し待ってみましょう。

2009年8月 1日 (土)

 原作者の柳田一郎と申します

ブログをご覧の皆様、いつも応援ありがとうございます。そして、撮影に参加くださった、スタッフ・俳優の皆様、ありがとうございます。
 原作者の柳田一郎と申します。お会いする多くの方々から、いろいろなご質問を受けています。
 そこで、このブログで、順次お答えをさせていただきたいと思います。
 題名は、「砂の道の向こうー原作・鑑賞の手引き」です。

 第1段の今日は、最も多い質問です。「なぜシナリオ案を書いたの?」
 私は、指宿地区の、国立公園ボランティアとして、長く活動しています。このことが、きっかけでした。
 1 霧島屋久国立公園指宿地区のすぐれた自然に目を向けてください。・・・「知林ヶ島」と「砂の道」の存在を知っていただき、周りに広がる美しい自然を守っていきたいという気持ちです。とても先進的な判断で指宿市民の財産となった知林ヶ島を、大切にいたしましょう。
 2 指宿海軍航空隊の歴史を知ってください。・・・自然の永遠さに比べれば、ちっぽけな人間の歴史かもしれません。しかしいつの時代にも、与えられた人生を懸命に生きた名もなき人々の歴史があります。昭和20年当時、日本で唯一、海に浮かぶためのフロートをつけた水上偵察機による特攻隊が発進する最後の基地、それがこの魚見岳の麓にあったのです。世界的にも当時としてはとても優秀な飛行機だったとは言え、戦闘機ほどの能力のない偵察用の水上飛行機まで使わなければならなかった時代を知っていただきたいのです。
 3 命の大切さを考え、生き続けて欲しい。・・・現代は自殺が増えています。考えてください。生きたくても生きることを許されない世代があったことを。そして、戦場で倒れていった多くの人々を。現代はこの人々の献身と忍耐によって作りあげられたと思います。私達は、そのご苦労に報い、良い社会をつくるため、頑張って生き続けましょう。「生きることの方が辛いと思う。しかし、どんなことがあっても生き伸びて欲しい。」 

 では、次回は「原作はどんな話?」です。以後「靖恵さんは実在?」、「柳瀬海軍中尉はどんな人?」、「水上飛行機ってどんな飛行機?」、「指宿にも空襲があったの?」、「砂の道は私でも渡れますか?」などなど。

2009年7月20日 (月)

クランクアップ

7月18日で、待望のクランクアップ。皆さんのスケジュールが合わずなかなか撮影が出来ませんでした。でも本当は直行が上官から前線行きの命令を受けるシーンが残っているんです。
とは言え、大人数のシーンは終わりました。この日はスタッフは5人、空襲シーンを撮影、場所は魚見岳を避難のために駆け上がるシーンでした。このシーンは当初、空襲警報を聞いた靖恵が直行を抱き、燃えさかる炎の中を走ると言う設定でしたが、爆弾が空から落ちてくる中を走る、というのはあり得るか?と言うところから空襲を経験した方に聞いて回りました。その結果、防空壕に入ってじっと耐える、そして山に逃げる、と言う話しがありました。炎の中を逃げまどう、と言う人たちもいたようですがこれはあまり実感が湧きませんでした。防空壕に逃げ込む、は絵的緊迫感がもう一つ、と言うことで山に逃げることにしました。この日も時間が無く、時間との戦い。最初は幸恵と靖恵の再会シーン、宮ヶ浜にある文化財に指定されたお店で撮影しました。なかなか良い感じで撮れて、さあ山へ。

魚見岳で着替え、みんなで何回も坂を駆け上がり、「伏せろ」のお義父さんの声で全員が伏せます。さらに火災が多発しているため降り出した雨の中を呆然と帰る人々。

さあ、終了したら今度は開聞の旧家。ここでは空襲を知り、直樹を抱いて走り出す靖恵。またまた可愛いコウヨウ君が登場です。この雰囲気ある家は「約束」でお世話になった川畑さんが見つけてくれました。もう一軒お願いしていたんですが、時間切れでアウト。それで以前お願いした川畑さんの家で撮影することにしましたが、近くの家を借りてくださいました。
ここを終わり、以前撮影した直行の実家から、直幸を追ってとびたした靖恵を撮り。やっと終わりました。

残るは特撮シーン。そして編集です。編集はもう始めていますが、特撮が難しいなあ。原作者の柳田さんが心を込めて作った飛行機を使っての撮影はちゃちに見えないよう頑張ります。

2009年6月14日 (日)

またまたブログのまとめ書き

先日、6月7日の撮影の事を描きたくてたまらなかったのに、忙しかったのとなんだか疲れてたのとで今になってしまいました。
朝7時からいつものように前日までに用意した、衣装、小道具等持ち込み知林ヶ島手前の砂浜で直樹と靖恵が戦後歩くシーンです。衣装をちゃっちゃと変えてこれはまあまあ、時間内。しかし感心したのは冨永さんの手際の良さ。音声も担当していただいたのですが、先日のラッシュを見てマイクやその影が映り込んでいたので必ず「マイク大丈夫ですか?影入ってませんか?」と声をかけてくださったのは助かりました。また撮影の進行記録もやっていただいたのでこれも安心して進むことが出来ました。
さあ、待望のレールを使っての松林のシーンでやっとノリシゲが登場。なにしろ力自慢なので重いものは軽く運んでくれるし、段取りが良い。レールに乗ったカメラマンがしっかり予定のシーンを狙い通りに撮り終え、さあ、開聞へ。
枚聞神社の撮影で知覧から駆けつけた樋園さんがカメラを交代。とにかく美しい絵を撮りたいので、引きを多用。
そしていよいよ本日のクライマックス。開聞の古い民家をお借りしての撮影、スタッフの田中さんのお母さんのご実家だそうです。築150年のその家はどっしりとして暖かみのある家でした。ここでは家族3人で仲良くご飯を食べたり、遊んだりのシーンの撮影。これがまた綺麗に撮れた!!!ライティングがすべて計算通りに出来たんです。そしてまた冨永さんとノリシゲの手際の良さで、流れが良い方向に流れていきます。直樹役のコウヨウ君があまりに可愛いので現場の大人達はもうメロメロ。
お産シーン、別れのシーンこれらはもうなんと言っていいかわからないほど美しくリアルに、撮れました。
寝間シーンのライティングをしてカメラを据えると樋園さんが、「おーっ、美しい、色っぽい!!」と感動。靖恵役の林さんも監督代行もどれどれ。全員「うーん、素晴らしい!」
そんなわけで終了したのは午後7時。疲れたけど今日は楽しかった。

2009年3月21日 (土)

ずいぶんさぼってしまいました。

さて何から書きましょうか。随分さぼってしまいました。いろいろあったので伝えたいことがたくさんあります。まず、校区公民館の上映会の事をお話ししましょう。
9つの公民館の上映会は宣伝してないので、市民のみなさんに知って貰っていないので見に来てもらえるか心配でした。心配したとおり、まず魚見公民館がこけました。時遊館COCCOはしむれの上映会はマスコミの皆さんの力と、スタッフが懸命に走り回ったおかげで80人前後の方が集まってくれたので、校区公民館の上映会も安心してました。ところが、でした。
それからも、なかなか、難しかったんですが開聞総合体育館のサブアリーナはたくさん来てくださったんです。中には「こんなに良い映画をただで見せて貰って良いんですか?」とおっしゃるお客さんもいました。
他にも、これは昨年も言われたんですが、「こんな良い映画、もっとたくさんの人に見て貰ったらいいのに、宣伝不足ねえ。」とかです。
それで、山川図書館の方が助言くださった、「読書会の時に上映会をしたらどうでしょう?」と言うお話に、ああ、そうだ、と思いました。スタッフもこんな労力を使って、こんなに少ない人間しか来ないなら、考えた方が良いのでは?と言う意見も出ました。それで、次回作は、指宿、山川、開聞の3地区で、時遊館COCCOはしむれ、山川図書館、開聞総合体育館サブアリーナの3箇所でやろうかな、と思っています。で、残すところ、あと3回、指宿、今和泉、4月5日の山川文化会館で最後です。みなさん是非来てくださいね。そう言えば、はしむれで、毎日12時から「トリオ」を上映してますし、方々で今まで創った映画もいろんなところで上映していただいてますし、なんといってもインターネットでも上映してますから、かなりな方が見てくださっていることになります。今後もよろしくお願いします。

2009年1月 1日 (木)

主演女優を務めた宮田絵里花ちゃんのメッセージです。

はじめてのドラマ制作で、分からないことがたくさんありましたが、まわりの方々の支えでなんとか乗り切ることができました。  エキストラとして参加してくれたテニス部、野球部のみなさん、本当にありがとうございました。 まだまだ未熟ですが、今後もよろしくお願いします。そして、この作品に協力してくださったスタッフのみなさん、演技も何もかも未熟な私を支えてくださりありがとうございました。 シーンのなかでおもしろかったのは、テニスのシーンです。そのときは人数も多くて、テニス部の人も多かったので、楽しかったです。あ、でも、この作品の撮影は全てが楽しかったです。では、作品をお楽しみください。

指宿ムービープロジェクト第二弾「約束」リリースに寄せて・・・原作・監督・主演を務めた若松大義君からメッセージです

ついにインターネットで「約束の…〜五年後の縁結び〜」が配信されましたね。ここまでくるのにたくさんの人と人との繋がりや支えがあったことを今すごく実感しています。僕ゎ監督も主演もやってすごく自分がうまくいかなくて何度もやめようかと想いました。しかし家族の優しさ 彼女の優しさIMPの関係者の優しさたくさんの人に支えられ乗り越えてこれました。ありがとうの言葉をいつもゎいえてないのでこの場を借りていわせていただきます。ありがとう。
第一話を見たんですかやはりはじめの頃に撮影だったので素人まるだしでした。まっ2話3話ゎすこしゎよくなってると想うのでぜひ1話から3話まで見ていただきたい。
この映画で何を感じてもらいたいか?それゎ「大切な人を大切にしてほしい」ってことです。まっとりあえずみてみてください。

2008年12月31日 (水)

さぼちゃった、その2

今回のテーマは指宿の自然の大きな財産の1つ、「知林ヶ島」、大潮時には砂州が浮かび上がり、陸地とつながります。現在は無人島ですがかつては数戸が暮らしていたそうで、住んでいた最後の方が指宿市内にいらっしゃいます。陸地とつながる様子が人と人が愛を通わせるところに通じると、近年は知林ヶ島を「愛の島」と呼び、ここに来る恋人たちも多いと聞いています。ここで出会いのパーティも開かれています。
仕掛け人の一人指宿市役所のIさんによると、上空から見ると陸地と離れているときでさへ、アルファベットのiになっているそうです。

皆さんも愛を確かめに、また愛を探しに知林ヶ島へ行って見ませんか?

2007年8月27日 (月)

久しぶりの撮影

土曜日は久しぶりの撮影をしました。皆さん忙しくて集まりは今一で、しかもその日の主役が欠席。またしてもなんとかせねばと、いつもの反則技を駆使して、なんとか撮影しました。撮っているうちにスタッフはだんだん欲が出始め、筋を複雑にするので、役者は台詞は増えるし、1回の見舞いのはずが夏冬2回になり、服装もまた別に用意したり、大変です。

今回は新しい役も、また一つ増えました。望美が入院している病院に肺炎で入院している小学校3年生の女の子。ちょっとおませで口が達者、暗くなりがちな院内を明るくして、看護婦さんや入院患者、付き添いの人たちのマスコット的な存在です。2日は看護婦さんも入れての撮影ですが今回は拓也くんとのトーク。監督が簡単な台詞を書いたんですが子役の子はすぐそれを消化してしまい、もっと続ける事になりました。それもアドリブ。女の子役は演技指導のcさんの末娘、春菜ちゃん、利右衛門、環境でも活躍しました。

撮影後、イメージを拾いに指宿市内の観光地を一巡り、車からの景色も欲しかったので、制作は監督に頼んで2人で撮影に。「あの僕暇なんで」と同行したのは翔役のタカヒロ。226号線沿いの前から狙っていた景色や、長崎鼻、池田湖のあまり知られてない名所「新永吉の棚田」、等かなり良い絵が撮れました。3話の冒頭を飾る////も恐ろしいほどきれいに撮れて「今日はこんなにうまく撮れて怖い、何か悪い事でも起きなければ良いが」と若いのに心配性の監督に言わしめるほどでした。
さあ、来週もあるぞ-っ。でも監督はテスト前なのでお休みです。

太平次 旅立ち

  • 216
    指宿ムービープロジェクト制作の6つめ(名義は7作目)の映像は指宿まるごと博物館と共同で制作する「TAHEIJI旅立ち」 幕末の指宿に生まれ、海上王として花開き、日本の長者番付でトップになり、島津藩の逼迫した財政を立て直し、ついに明治維新へと舵を切らせた希代の英雄、濱崎太平次を多くの資料や聞き書きによって脚本化し、念願のドラマを今年造ります

好奇心の漂流記

  • 打ち寄せる青い波
    2010年7月からクランクインした「好奇心の漂流記」もやっとクランクアップが見えて来ました。とは言え、今日も「見た目」「イメージ」「・・・」を撮影に1人うろうろ、してる人物がいます。今年こそは指宿市民会館で上映できると張り切っています。このアルバムはブログで紹介できなかった様子をそのままお見せしています.

ふるさとCM撮影

  • 菜の花畑で
    3月30日、春休み最後の日を利用して、菜の花が最後まで残った池田湖の菜の花畑をお借りして撮影しました。締め切りは今年9月ですが、菜の花がテーマなのでいち早く撮影しました。なんと1日で。

5年後の縁結び

  • Pict0095
    2008年9月7日日曜日クランクアップの日。今まで携わってくれた方全員は集まれませんでしたが、中学生を中心に知林ヶ島が見える海岸に集合しました。最後の撮影はまた、大急ぎで行われ、なんとか撮り終わりました。この後、記念撮影の後、制作サイドで用意した記念品を配り、主演の宮田絵里花 さんと若松大義くん、それに最年少の輝帆ちゃんとひなちゃんに花束贈呈をしました。絵里花ちゃんたちはサプライズとして、みんなで色紙を書いて制作統括に渡し、統括は目を潤ませるといった1シーンもありました

トリオ撮影日記

  • Pict0665
    指宿ムービープロジェクト実験ドラマ「トリオ」の撮影風景です。たった6日間の軌跡です。しっかり、楽しんで、たくさんの思い出を残し、良い映画を作りたいです。

今までのナイスショット

  • Dsc00348
    今まで撮影した中、あるいは、スチールを撮りに行った時のナイスしょっと等載せました。この中からアイドルが生まれるかもね

入院中の望美

  • Photo_1
    ヒロイン;望美が事故に遭い入院してるのがこの病院、最初の話では鹿児島市で事故に遭い、救急車で鹿児島市内の病院に運ばれ、指宿市内の病院に転院という設定でしたが、救急車が指宿市内まで運んでくれたことになり、この南記念クリニックで撮影させていただくことになりました。というのはカメラマンの樋園さんがここで理学療法士として働いているため。先生その節はお世話になりました。

事故シーン

  • Photo
    指宿中央自動車学校と鹿児島中央駅キャンセビル横で撮影した事故シーンの写真 役者・スタッフを前に前説をするむっちゃん、寒さの中をじっと耐えるエキストラの面々、等見所充分。とはいえやはり、血だらけで横たわる望美嬢の悲惨さに目をつぶることはできません。 この日は2つの街が現場なのと大勢の方に協力を頂いているのでもう、大変でした。雨も降ったりやんだり、突然晴れたり、もう、どっちかにしてくれ、撮影できないよ
フォトアルバム

指宿ムービープロジェクト関連サイト

  • FB  指宿ムービープロジェクト
    指宿市を舞台に映画作りをしています。指宿が生んだ幕末の豪商、浜崎太平次と指宿に伝わる篤姫の話しを映像にしました
  • 指宿ムービープロジェクト公式ホームページ
    指宿ムービープロジェクト実行委員会のすべてを掲載しています
  • 指宿市役所
  • いぶすき菜の花マラソン実行委員会
    新年第二日曜日に指宿市内で行われるマラソン大会。沿道には早咲きの菜の花が咲きそろい、市民が応援する、おもてなしのマラソン大会来年で29回うぃ数える、14,000名を超える参加者がある。
  • 平成版IT湯治
     湯治という営みは、まだ病院や医学の知識も無い遠い昔から、人々が元気になる為の手段として有りました。 労働や、日常の様々なストレスの中で疲れた心と体を、薬でなくとも温泉や自然、静かな環境などが癒してくれることを、人々はその体験から知っていたのです。  この体感的に感じていた温泉の湯治効果を、現代のIT技術で、目で見て判るかたちで知り、それを観光や日常の健康づくりに活かそうという試みが、指宿温泉で始まりました。  それが「平成版IT湯治」です。