映画「砂の道の向こう」のあらすじ
「砂の道のむこう」柳田 一郎原作
●あらすじ
(現代・田良浜)
老後の柳瀬靖恵は,かつて海軍航空隊基地があった田良岬で過ごすのが日課である。
沖には知林ヶ島が浮かび,干潮の時にできる砂の道を渡る人々を見るのが楽しみである。
しばらく入院していたので,この日は久し振りに浜に来ている。今日も砂の道をたくさんの人が楽しそうに渡って行く。靖恵が大好きな,豊かで平和な指宿の光景である。
子供達の賑やかな声がして,近くの田良浜エコクラブの子供達と指導の環境省のレンジャーや国立公園ボランティアの一団が近づいて来る。久し振りに会った靖恵の姿に,皆が優しく声を掛け,靖恵も楽しく答える。
子供達は,知林ヶ島での貝の観察会と清掃活動に行くと言う。靖恵が激励すると,お土産の約束をして歩いて行く。
遅れてボランティアで靖恵の同級生の中島が走って来る。もつれて転びそうになる中島を靖恵がからかう。靖恵は皆を見送ると,ついうとうとした。
(昭和二十年・指宿高等女学校正門前から)
昭和二十年初夏,女学校の美しく優しい音楽教師であった靖恵は,生徒達の憧れであった。今日も靖恵の帰りを待った二人の生徒から,結婚の噂は本当かと聞かれていた。
三人が正門を出たとき,海軍中尉柳瀬良行が声を掛けてきた。靖恵の婚約者であることに気付いた女学生達は,嬉しそうにしかし大騒ぎしながら走って逃げていった。
良行は広島県呉基地の訓練に行く事を告げ,結婚を延期したいと言った。
二人は人目を避け,田良浜の松林を歩いた。砂の道の見える浜で靖恵は良行を叱責した。
厳しい戦局の中戦うのは男達だけではない事,女達も覚悟を持って生きている事,そして何よりも大切な人のために生きたい事,時間は無くても後悔しない事を訴えた。
良行が呉に行く前日,二人の結婚式が質素に,しかし心をこめて執り行われた。
良行は話さなかったが,呉の訓練は,指宿基地の水上偵察機を使っての特攻訓練であった。戦局は終に,海に浮かぶフロートをつけた速度の遅い水上偵察機による特攻作戦まで必要とした。呉から帰り,短い期間の暮らしを終えると,良行は出撃した。出撃前夜,良行は靖恵にまた砂の道で会おうと言った。
指宿海軍航空隊水偵神風特別攻撃隊柳瀬中尉以下四機は,昭和二十年七月三日夜明け前,沖縄周辺海域において敵駆逐艦に遭遇,激烈な対空砲火の中を突入,消息を絶った。
(現代・田良浜)
エコクラブの子どもたちが知林ヶ島から砂の道を渡って帰って来る。高校生達は両手にごみ袋を下げている。しかし,それは中身があまり入ってはいない。小さ子子供達は,靖恵にお土産の貝殻とイカの骨を渡す。
みんながいつも大切にしてくれるからごみも少ないと靖恵が喜ぶと,子ども達が知林ヶ島と周りに広がる国立公園の自然を大切にすると約束する。中島が身体を大事にとねぎらうと,靖恵はあなたもねと笑って答える。
(夕暮れが迫り、指宿の街に灯がともる)
靖恵がそろそろ帰ろうと立ち上がった時,消えていくはずの砂の道を誰かが歩いて来ることに気付く。靖恵が驚きの声を上げる。
良行が,あの日のままの姿で,砂の道を靖恵の方へ歩いて来る。気がつくと,いつの間にか靖恵も若い時の姿に返っている。
決して忘れる事のなかった、愛しい人のりりしい敬礼が目の前にあった。
「靖恵,待たせたね」
「良行さん,あなたはどうして」
「君との大事な約束だからね。会いに来たよ。そうだ,ひとつ聞いていいだろうか」
「ええ,何をですか」
「私は君達を守れたのだろうか」
「良行さん,あなた達は立派でした。見て,指宿の町はこんなにも明るくて,美しくて,平和よ。子供達も大人達もみんな元気よ。みんなあなた達を忘れないわ」
「それを聞いて安心したよ。良い国になったんだね。さあ行こう。砂の道のむこうで,みんなが待っているよ」
柳瀬靖恵は,大好きな浜辺で八十三年の生涯を終えた。遠くで鈴の音が聞こえていた。
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