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2010年3月29日 (月)

ロケハンティングに行きました

今日は監督、助監督、制作の3人で急遽、ロケハン。連絡してたら、突然今日が良いと言うことになり、数人の積み残しはあったもののとりあえず。出かけました。場所は、開聞山麓周辺、成川公園、そして知林ヶ島、です。朝からあいにくの雨でしたが、開聞岳を降りる頃は日が差して青空まで出てきました。助監督の岩本君が次々に良い場所を教えてくれて、またアイディアを出してきます。制作は大喜びでしたが監督はなにやら頭の中に映像が浮かんでいる様子でした。

最後の知林ヶ島は砂の道が出来る日だったので渡る人が多く登場人物っぽい家族連れがいたので絵の中にはめてみて、ああ、なるほどと納得したり、少しちがうな、と相談しながら、またアイディアを出しながら知林ヶ島の中を探索しました。

3人はこりゃあ良い映画ができる、と確信しました。Dsc00837_2
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2010年3月15日 (月)

「好奇心の漂流記」起動しました

3月13日に「好奇心の漂流記」の新しいスタッフが集まり打ち合わせをしました。今回は宮田監督を中心にカメラに、チーフ助監督、演技指導、スクリプター、音声・制作統括が決まり、4月オーディションを2回やり、5月からリハーサル、クランクイン、7月をメインに撮影し、8月でクランクアップ、9月から編集開始(今回は編集を若手新人がやることになりそう?です)、12月に上映会、2011年1月1日にサイト上でアップ開始。って感じです。今回のは小学生が主役なので指宿市内の小中学校でも上映会を予定しています。

なおオーディションについては来週発表する予定です。

終わりました

先月鹿児島市の鹿児島県交流センターで上映会を最後に「砂の道の向こう」のプロジェクトはほぼ全予定を完了しました。現在DVD制作をしています。購入希望の方がいらっしゃれば表紙のついた完全な完全なパッケージで、1500円(税別)で販売します。また原作者の柳田一郎さんが原作本を出版しました。欲しい方には10冊だけプレゼントします。その他は1冊につきムービープロジェクトに寄付する形で1500円(発送費込み)でお送りします。どこか指宿市内の書店でも販売することも考えます。

2010年3月 6日 (土)

引き継ぎです

1 神山様・・・前作「砂の道の向こう』原作者の柳田です。いよいよ、引き継ぎですね。次回作頑張ってください。楽しみにいたしております。今度は観客になりますね。

 2 ブログをお読みくださった皆様・・・これまでありがとうございました。最後の公式上映会の2月28日、原作小説「砂の道の向こう」を発刊させていただきました。ポスターを利用した美しいデザインの表紙が目印です。実は、原作は「砂の道3部作」の第1部です。第3部を執筆中のため、全部書き上げてから発行と申し上げておりましたけれど、たくさんのご要望や「おあずけか」という嬉しいお叱りをいただき発刊いたしました。ただし、非売品です。これから県内各地のミニ上映会で、直接手から手へとお届けするつもりです。(指宿市、鹿屋市、湧水町、屋久島町、西之表市、鹿児島市、東京など計画中です。)
  さて、ご挨拶や原作でもお話し申し上げましたが、「知林ヶ島」を有名にした原因の一つが私達「パークボランティア」の「自然観察会」であると思います。それだけに、お客様が過度に集中して、島と砂の道が荒れないようにも配慮しなければならないと思っています。そのため、原作で砂の道を守る心をお伝えしたいと思いました。これからもたくさんの「直行と靖恵」が、美しい砂の道で出会えるよう、地域の自然と歴史を大切にいたしましょう。皆様のご協力をよろしくお願いします。もちろん、「指宿ムービープロジェクト」を、末永くご支援ください。

2010年1月13日 (水)

上映会

今後の上映会の予定をお知らせします。全部日曜日です。                                           
1月17日   山川図書館    午前10時開演 
1月31日   開聞サブアリーナ 午後 2時開演 
2月14日   大口市ふれあいセンター多目的ホール午後2時開演
2月28日   鹿児島市県民交流センター研修室午後13時30分開演です。お誘い合わせの上お出でください

2009年8月25日 (火)

原作者の手紙

柳田一郎です。今日は衝撃的な絵を拝見しました。先の戦争中の輸送船の記録画です。私が関わる知林ヶ島の映画を作るため、近くにあった指宿海軍航空隊を調べるうち、たくさんの商船や漁船が戦争中に敵潜水艦の魚雷によって沈んだことを知りました。この絵は、あえて残された、沈没の瞬間、最後の船の姿です。船と運命を共にする人々、乗客を助けるため救命艇を離れていく船員、墜落した敵のパイロットを救助する自らも漂流している船員達、波にのまれながら大砲から離れず最後まで撃ち続ける兵士達・・・戦争の善悪判断を超えて見ていただきたいと思いました。そして、多くの人々が今もなおこの深い海の底に眠っておられることを思い、海の安全を守ることの大切さを思いました。期日は9月6日(日)まで、場所は鹿児島市山下町の宝山ホール(鹿児島県文化センター)地下、主催は日本殉職船員顕彰会、入場料は無料、単なる宣伝とは受け止められない時間でした。以上

2009年8月20日 (木)

そのワンシーン

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2009年8月15日 (土)

原作者からの手紙 その7

原作・鑑賞の手引き7「国立公園と砂の道(知林ヶ島の砂州:ちりんがじまのさす)」

 しばらく架空の話が続きましたので、現代の本当のお話を申しあげます。

1 国立公園(こくりつこうえん)を守る人々について 

 指宿市の中の広い区域が、霧島屋久国立公園(きりしまやくこくりつこうえん)に含まれています。
 「国立公園(こくりつこうえん)」とは、我が国を代表する自然(しぜん)の風景地(ふうけいち)を守るため、国によって指定された特別な場所のことです。
 指宿市にこのような場所がたくさんあることはとても誇らしいことです。例えば、魚見岳、知林ヶ島、指宿温泉、池底、鏡池、山川湾、長崎鼻、開聞岳、大野岳、池田湖、鰻池、御門平断層崖など、主な観光地も含まれています。
 これらの場所は、自然を大切に残していく必要があります。そのため、国では環境省(かんきょうしょう)という役所が、日本中の国立公園の管理をしています。また指宿市役所(いぶすきしやくしょ)や県庁(けんちょう)にも、そのお手伝いをする仕事があり、原作者も県庁でこの仕事をしました。

 お隣の鹿児島市(かごしまし)に、環境省の「鹿児島自然保護官事務所(かごしましぜんほごかんじむしょ)」があります。そこには自然保護官(レンジャー)という人がいて、国立公園を守る仕事をしています。この環境省の仕事を、ボランティアでお手伝いする人達が「パークボランティア」です。原作者も20年以上前から「鹿児島地区パークボランティアの会」の一人です。また、「緑の少年団」や「子供エコクラブ」という子供達のボランティア活動もあります。

2 砂の道について
 
 「砂の道」は、昔はあまり知られていませんでした。しかし、パークボランティアの人達が、休暇村(きゅうかむら)のある田良岬(たらみさき)で自然観察会(しぜんかんさつかい)をするようになってから知られたように思います。そして「青い鳥(あおいとり)」というテレビドラマの舞台となって、有名になりました。
 知林ヶ島の名前の由来が、松林のこすれあう音が鈴の音に聞こえるからと語られ、ドラマの影響で「愛の島(あいのしま)」とも呼ばれ始め、とうとう「恋人同士で歩いて島に渡り、鈴の音を聞いたら結ばれる」といううわさまで立ち始めました。

 ※ このロマンチックな話を考え出した人は誰でしょう?意外と近くにいらっしゃるかも知れませんよ。

 それ以来、この知林ヶ島の砂州を観光に来る人が増えています。最近では、砂の道を安全に楽しんでいただくために、砂州の入り口で注意事項をお伝えする方々の熱心な活動も始まりました。また、今年4月には、環境省の工事により知林ヶ島の遊歩道(ゆうほどう)が完成し、島の中を安全に一周することができるようになりました。

 ※ 島の遊歩道に、1か所だけ工事中についた動物の足跡を残した場所があります。ぜひ探してみてください。

 たくさんの人に国立公園の自然に親しんでもらうことは大切です。しかし同時に、訪れる人達に鹿児島湾(かごしまわん)の入口にある島の自然とお付き合いする「マナー」もお知らせしなければなりません。映画「砂の道の向こう」がそのお役にたてるようになれば、原作者としてはとても嬉しいです。

3 指宿の女の子のみちびきについて

 原作者が指宿海軍航空隊のことを知ったのは、約10年前の自然観察会でした。
 休憩の散歩の時、指宿市内の小学生の女の子が、「いつもおじいちゃんとお参りするお墓があるの、あっちよ」と、慰霊碑(いれいひ)の前に連れて行ってくれました。原作者は、その場所に行って初めて、自然の中を過ぎた厳しい歴史を知ることができました。体がふるえました。いつかこのことを伝えなければならない…とも思いました。
 もう二十歳ぐらいになられたでしょうね。あの時のお嬢さんに伝えたいです。
 「あなたは、私の人生を変えました。この映画を見てください。あなたを育ててくださった指宿の街への恩返しです。」

 ※ ご愛読(?)ありがとうございました。ブログへの連載はこれを最後といたします。映画の完成をご期待下さい。  原作者:柳田一郎
  

図書館で七夕飾り

指宿市立図書館で七夕をしたいけど肝心の笹竹がないとのこと。早速浮来亭のお助けマン、今村俊一さんにどこにあるか聞いたところ、揖宿神社の境内にあり、そこでまた宮司の河野さんに連絡、快諾していただきトラックまで貸していただきました。無事届けることができました。やっぱり指宿市民は凄い!!

先日図書館からお礼のメールと写真が届きましたので貼っておきます。Cimg8251_4
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2009年6月 6日 (土)

5月24日の撮影の様子です

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太平次 旅立ち

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    指宿ムービープロジェクト制作の6つめ(名義は7作目)の映像は指宿まるごと博物館と共同で制作する「TAHEIJI旅立ち」 幕末の指宿に生まれ、海上王として花開き、日本の長者番付でトップになり、島津藩の逼迫した財政を立て直し、ついに明治維新へと舵を切らせた希代の英雄、濱崎太平次を多くの資料や聞き書きによって脚本化し、念願のドラマを今年造ります

好奇心の漂流記

  • 打ち寄せる青い波
    2010年7月からクランクインした「好奇心の漂流記」もやっとクランクアップが見えて来ました。とは言え、今日も「見た目」「イメージ」「・・・」を撮影に1人うろうろ、してる人物がいます。今年こそは指宿市民会館で上映できると張り切っています。このアルバムはブログで紹介できなかった様子をそのままお見せしています.

ふるさとCM撮影

  • 菜の花畑で
    3月30日、春休み最後の日を利用して、菜の花が最後まで残った池田湖の菜の花畑をお借りして撮影しました。締め切りは今年9月ですが、菜の花がテーマなのでいち早く撮影しました。なんと1日で。

5年後の縁結び

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    2008年9月7日日曜日クランクアップの日。今まで携わってくれた方全員は集まれませんでしたが、中学生を中心に知林ヶ島が見える海岸に集合しました。最後の撮影はまた、大急ぎで行われ、なんとか撮り終わりました。この後、記念撮影の後、制作サイドで用意した記念品を配り、主演の宮田絵里花 さんと若松大義くん、それに最年少の輝帆ちゃんとひなちゃんに花束贈呈をしました。絵里花ちゃんたちはサプライズとして、みんなで色紙を書いて制作統括に渡し、統括は目を潤ませるといった1シーンもありました

トリオ撮影日記

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    指宿ムービープロジェクト実験ドラマ「トリオ」の撮影風景です。たった6日間の軌跡です。しっかり、楽しんで、たくさんの思い出を残し、良い映画を作りたいです。

今までのナイスショット

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    今まで撮影した中、あるいは、スチールを撮りに行った時のナイスしょっと等載せました。この中からアイドルが生まれるかもね

入院中の望美

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    ヒロイン;望美が事故に遭い入院してるのがこの病院、最初の話では鹿児島市で事故に遭い、救急車で鹿児島市内の病院に運ばれ、指宿市内の病院に転院という設定でしたが、救急車が指宿市内まで運んでくれたことになり、この南記念クリニックで撮影させていただくことになりました。というのはカメラマンの樋園さんがここで理学療法士として働いているため。先生その節はお世話になりました。

事故シーン

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    指宿中央自動車学校と鹿児島中央駅キャンセビル横で撮影した事故シーンの写真 役者・スタッフを前に前説をするむっちゃん、寒さの中をじっと耐えるエキストラの面々、等見所充分。とはいえやはり、血だらけで横たわる望美嬢の悲惨さに目をつぶることはできません。 この日は2つの街が現場なのと大勢の方に協力を頂いているのでもう、大変でした。雨も降ったりやんだり、突然晴れたり、もう、どっちかにしてくれ、撮影できないよ
フォトアルバム

指宿ムービープロジェクト関連サイト

  • FB  指宿ムービープロジェクト
    指宿市を舞台に映画作りをしています。指宿が生んだ幕末の豪商、浜崎太平次と指宿に伝わる篤姫の話しを映像にしました
  • 指宿ムービープロジェクト公式ホームページ
    指宿ムービープロジェクト実行委員会のすべてを掲載しています
  • 指宿市役所
  • いぶすき菜の花マラソン実行委員会
    新年第二日曜日に指宿市内で行われるマラソン大会。沿道には早咲きの菜の花が咲きそろい、市民が応援する、おもてなしのマラソン大会来年で29回うぃ数える、14,000名を超える参加者がある。
  • 平成版IT湯治
     湯治という営みは、まだ病院や医学の知識も無い遠い昔から、人々が元気になる為の手段として有りました。 労働や、日常の様々なストレスの中で疲れた心と体を、薬でなくとも温泉や自然、静かな環境などが癒してくれることを、人々はその体験から知っていたのです。  この体感的に感じていた温泉の湯治効果を、現代のIT技術で、目で見て判るかたちで知り、それを観光や日常の健康づくりに活かそうという試みが、指宿温泉で始まりました。  それが「平成版IT湯治」です。