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2012年8月10日 (金)

環境カウンセラー通信 240809号 鹿児島県の柳田一郎です。霧島錦江湾国立公園鹿児島地区パークボランティアの会からお知らせです。

環境カウンセラー通信 240809号 鹿児島県の柳田一郎です。霧島錦江湾国立公園鹿児島地区パークボランティアの会からお知らせです。
 ※ 柳瀬良行(柳田筆名)著の小説「知林ヶ島物語」の舞台であり、モデルとなった行事です。

 ●●●知林ヶ島の砂の道を渡ろう!●●●
 霧島錦江湾国立公園・屋久島国立公園が誕生しました。皆様にもっと国立公園の自然に触れていただこうと、今月も楽しいイベントを開催します。

 日  時:平成24年8月19日(日)13:00~16:00
 場  所:田良浜(鹿児島県指宿市東方)
 募集人数:30名程度
 集合場所:指宿エコキャンプ場管理棟前 (休暇村指宿の別館隣、駐車場奥)
 参加方法:FAX・電話にて、参加者のお名前・ご住所・お電話番号・生年月日(保険加入に必要)を記入のうえ、事務局へお申込みください。
 申込締切:平成24年8月17日(木)
 参加費用:1人300円(参加費・保険料込)
 荒天の場合:室内での研修に変更
 持参いただくもの:飲み物、帽子、タオル、筆記用具、活動しやすい服装、運動靴(サンダルやヒールは不適当)でご参加ください。
 申込先:〒891-0404鹿児島県指宿市東方10445 休暇村指宿内 パークボランティア事務局 担当 :宮田
     TEL  0993-22-3211/FAX 0993-22-3213 E-Mail ibusuki@qkamura.or.jp

2012年8月 2日 (木)

環境カウンセラー通信24.7.30号 鹿児島県の柳田一郎です

環境カウンセラー通信24.7.30号 鹿児島県の柳田一郎です。かねてからお世話になっております皆様に、ご報告を申し上げます。
 この9月1日、環境カウンセラー、自然公園指導員、海守でなければ書けない小説を出版いたします。知人・ご友人にもお知らせいただければ何よりでございます。

「ここで大切なのは自然だけじゃないんだね。忘れないで大切に残していかなくちゃね!」
 霧島錦江湾国立公園発足記念ならびに第十管区海上保安本部設立50周年記念
 「知林ヶ島物語(ちりんがじまものがたり)〜砂の道の向こう〜」

 国立公園の自然を守る人々が登場し物語の中核となる初めての(?)小説かもしれません。35年の環境活動の心を込めた3部作です。
  第1部「砂の道の向こう」は、地元市民による自主制作映画シナリオコンクールで優秀賞をいただき、映画原作になった小説です。国立公園を守る人々を紹介し、指宿海軍航空隊の歴史を初めてお伝えした小説です。原点の第1部です。
  第2部「命の風」は、昨年の文芸春秋社主催「オール読物新人賞」及び読売新聞北陸支社主催「第1回室生犀星文学賞」で候補作品ともなった小説です。海上保安庁巡視船「さつま」が不思議な無電を受信し、ヘリ「まなづる」が鹿児島基地を飛び立つとき、時空を超える物語がはじまります。自然とともに命を守る人々が、そして命を捧げる人々が登場します。渾身の第2部です。
  第3部「指宿駅0番ホーム」は、今年5月の指宿海軍航空隊慰霊祭を前にした夜、突然憑かれたかのように書き上げた小説です。前の二つの物語の小さな秘密が、明らかになります。

 柳瀬良行(柳田筆名)著・日本文学館発行「知林ヶ島物語〜砂の道の向こう〜」
 9月1日発売、文庫版、税込み630円、ただし収益目的ではありませんので限定数印刷です。お近くの書店にご予約されるのが、最も確実な入手方法かと存じます。

(あらすじ)鹿児島県錦江湾口、霧島錦江湾国立公園に含まれる指宿市の沖に無人島・知林が島がある。島は干潮時のみに現れる不思議な砂の道で岬とつながる。かつてその岬には海軍の航空基地があった。今は有名な観光地となり、その頃を思い出す人もいない平和な場所である。指宿自然保護官事務所のアクティブ・レンジャーに引率され、砂の道を歩くエコクラブの子供たちとボランティアの人々がいた。そんな彼らを優しく見つめる目があった。やがて、風が、雨が、忘れたくても忘れられない記憶を呼び起こす。豊かな自然は、かつて、若者たちに過酷な運命を強いていた。昭和20年夏、知林ヶ島近くから水上飛行機の特別攻撃隊が発進する。それは波静かな錦江湾ゆえの悲しく切ない、しかし、決して忘れてはならない物語の始まりである。今だからこそ伝えたい。人には、命をかけても守るもの、忘れてはならないものがあるのだから。(終)

2012年7月 8日 (日)

今回の取り組み

今回の幕末の指宿についての作品は、濱崎大平次と篤姫の二本で行くことに決定しました。当初は河野覚兵衛、前田利右衛門も候補に上げていたのですが前作にもしっかりでてきていたので重複、ということになり二本をできるだけぶ厚く作りたいと思います。太平次、篤姫関連の情報をお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。

2012年7月 5日 (木)

覚兵衛、利右衛門の脚本家、監督が決まらない

うーむ、困った。太平次の脚本進行中、オーディションの日取りも、キャスティング、クランクインも決まらぬまま、日が過ぎていく。しかしそれより、覚兵衛、利右衛門編の中心人物が決まらない。ここらで方向転換か?
太平次、中心、篤姫はぐっと指宿サイドの伝説中心。覚兵衛、利右衛門は歴史に沿ってインタビュー、史実中心の制作。って言っても、この2人はほとんど歴史的な資料がないのです。だから創作でもいいのですが、どなたかメガホンを取ってくれる人はいませんか?

2012年6月27日 (水)

太平次の事 その3

薩摩藩の事情
他藩の5倍近い家臣団を抱え、生産性の低い火山灰性の土壌で米作に適した土地が少なく、その上、台風や土砂崩れ、火山噴火などのなどの災害が多い薩摩藩は、農業が貧弱な藩で、藩の財政はもともと厳しいものでした。幕府から命じられる参勤交代や、薩摩義士で知られる木曽川治水工事などの様々な御手伝普請、度重なる火災、さらには、島津重豪の開化政策や婚姻政策で、財政状況はさらに悪化、藩の借金は500万両にも達していました。
 文政11年(1828)、重豪から財政改革を命じられた調所笑左衛門は、①国産品の販売強化と唐物貿易拡大による収入の増加②藩内諸施設の改善・整理などの合理化 ③借金の250年賦返済(謝金の返済期間を250年に無理やり書き換えたと言われている)を柱に改革に乗り出します。
ここから太平次と調所笑左衛門とのタッグマッチが始まります。
時遊館COCCOはしむれホームページより抜粋

2012年6月26日 (火)

太平次のこと その2

太平次には、姉のヨシ子、弟の弥兵衛、弥七、和兵衛、そして妹とたくさんの兄弟がいました。母の名はセン子。湊の高崎新右衛門の娘でした。母セン子は、大きな帆船が白い帆を掲げて堂 々と入港する光景を夢に見て、その後、間もなく懐妊、太平次を生んだと伝えられています。

江戸末期、財政難に苦しんだ薩摩藩は、国産品の販売に関して、直轄地である奄美群島において島民の犠牲を省みない非情な黒砂糖の生産を強い、専売体制を強化しました。また。密かに海外貿易を行い、利益を上げたといわれています。専売品を高値にするため、藩内の海運業者で船団を組む方法がとられました。
主要生産地である奄美群島は海上交通の船だけが唯一の運送手段であり、藩にとって海運業の育成は不可欠で、こうした島津藩(調所笑左衛門)の政策を支えたのが、太平次や黒岩藤兵衛らの海商たちでした。

時遊館coccoはしむれ ホームページより、抜粋

太平次のこと

今年度取り上げる浜崎太平次について。

まずざっくり、とその1です。

第8代太平次は文化11年(1814)、濵崎家の長男として生まれました。家業が傾きかけていた14歳の時、ヤマキを復興すべく商船に乗り、琉球に向ったと言います。第7代太平次が亡くな った後、ヤマキの発展には南島貿易が不可欠と考えた第8代太平次は、摺ヶ浜の富豪笹貫長兵衛から資金を借り事業に着手、徐々にヤマキを立て直していきました。

時遊館COCCOはしむれのホームページからの抜粋

2012年6月24日 (日)

大大募集!!

指宿ムービープロジェクトでは今年度制作の「幕末の指宿」で前田利右衛門、河野覚兵衛編の脚本/監督をしてくださる方を探しています。その他、スタッフ、役者も募集してます。一応日当も用意していますのでよろしくお願いします。楽しみながら、ちびっとお小遣いも稼げます。ムービープロジェクトで働いてiPadを買おう!!

昨日、第一回目の打ち合わせでした

時遊館coccoはしむれの小会議室をお借りして、打ち合わせをしました。集まったのは4人、今回のスタッフは中学生を入れて8人でスタートすることになりました。前回、前々回と参加したスタッフが大学受験でお休みのため補充の必要があります。
広報で先日の上映会を出してもらうことになってますがその際にスタッフ募集も入れられたら良いね、と言う事になりましたが、果たして間に合うか?

今回の作品は映画コンクールにも出展の予定、30分枠なので1つしか入れられないのが残念です。

2012年6月19日 (火)

指宿ムービープロジェクトのホームページリニューアル

この度ホームページを新しくして。ここから全編版、全編の高解像度版、各編それぞれに、とご覧になれるようにしました。
過去の作品も今までどおりご覧になれますのでどうぞよろしくお願いいたします。

指宿ムービープロジェクトホームページ

太平次 旅立ち

  • 216
    指宿ムービープロジェクト制作の6つめ(名義は7作目)の映像は指宿まるごと博物館と共同で制作する「TAHEIJI旅立ち」 幕末の指宿に生まれ、海上王として花開き、日本の長者番付でトップになり、島津藩の逼迫した財政を立て直し、ついに明治維新へと舵を切らせた希代の英雄、濱崎太平次を多くの資料や聞き書きによって脚本化し、念願のドラマを今年造ります

好奇心の漂流記

  • 打ち寄せる青い波
    2010年7月からクランクインした「好奇心の漂流記」もやっとクランクアップが見えて来ました。とは言え、今日も「見た目」「イメージ」「・・・」を撮影に1人うろうろ、してる人物がいます。今年こそは指宿市民会館で上映できると張り切っています。このアルバムはブログで紹介できなかった様子をそのままお見せしています.

ふるさとCM撮影

  • 菜の花畑で
    3月30日、春休み最後の日を利用して、菜の花が最後まで残った池田湖の菜の花畑をお借りして撮影しました。締め切りは今年9月ですが、菜の花がテーマなのでいち早く撮影しました。なんと1日で。

5年後の縁結び

  • Pict0095
    2008年9月7日日曜日クランクアップの日。今まで携わってくれた方全員は集まれませんでしたが、中学生を中心に知林ヶ島が見える海岸に集合しました。最後の撮影はまた、大急ぎで行われ、なんとか撮り終わりました。この後、記念撮影の後、制作サイドで用意した記念品を配り、主演の宮田絵里花 さんと若松大義くん、それに最年少の輝帆ちゃんとひなちゃんに花束贈呈をしました。絵里花ちゃんたちはサプライズとして、みんなで色紙を書いて制作統括に渡し、統括は目を潤ませるといった1シーンもありました

トリオ撮影日記

  • Pict0665
    指宿ムービープロジェクト実験ドラマ「トリオ」の撮影風景です。たった6日間の軌跡です。しっかり、楽しんで、たくさんの思い出を残し、良い映画を作りたいです。

今までのナイスショット

  • Dsc00348
    今まで撮影した中、あるいは、スチールを撮りに行った時のナイスしょっと等載せました。この中からアイドルが生まれるかもね

入院中の望美

  • Photo_1
    ヒロイン;望美が事故に遭い入院してるのがこの病院、最初の話では鹿児島市で事故に遭い、救急車で鹿児島市内の病院に運ばれ、指宿市内の病院に転院という設定でしたが、救急車が指宿市内まで運んでくれたことになり、この南記念クリニックで撮影させていただくことになりました。というのはカメラマンの樋園さんがここで理学療法士として働いているため。先生その節はお世話になりました。

事故シーン

  • Photo
    指宿中央自動車学校と鹿児島中央駅キャンセビル横で撮影した事故シーンの写真 役者・スタッフを前に前説をするむっちゃん、寒さの中をじっと耐えるエキストラの面々、等見所充分。とはいえやはり、血だらけで横たわる望美嬢の悲惨さに目をつぶることはできません。 この日は2つの街が現場なのと大勢の方に協力を頂いているのでもう、大変でした。雨も降ったりやんだり、突然晴れたり、もう、どっちかにしてくれ、撮影できないよ
フォトアルバム

指宿ムービープロジェクト関連サイト

  • FB  指宿ムービープロジェクト
    指宿市を舞台に映画作りをしています。指宿が生んだ幕末の豪商、浜崎太平次と指宿に伝わる篤姫の話しを映像にしました
  • 指宿ムービープロジェクト公式ホームページ
    指宿ムービープロジェクト実行委員会のすべてを掲載しています
  • 指宿市役所
  • いぶすき菜の花マラソン実行委員会
    新年第二日曜日に指宿市内で行われるマラソン大会。沿道には早咲きの菜の花が咲きそろい、市民が応援する、おもてなしのマラソン大会来年で29回うぃ数える、14,000名を超える参加者がある。
  • 平成版IT湯治
     湯治という営みは、まだ病院や医学の知識も無い遠い昔から、人々が元気になる為の手段として有りました。 労働や、日常の様々なストレスの中で疲れた心と体を、薬でなくとも温泉や自然、静かな環境などが癒してくれることを、人々はその体験から知っていたのです。  この体感的に感じていた温泉の湯治効果を、現代のIT技術で、目で見て判るかたちで知り、それを観光や日常の健康づくりに活かそうという試みが、指宿温泉で始まりました。  それが「平成版IT湯治」です。