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侑の家、時計は9時
加奈子
なかなか3人揃わないけど、今夜はちょうど良かった、あなた、晋さんって覚えてる。
真治
確か大学で一緒で、お前と付き合ってた男だったな。
加奈子
そう、私の恋人だった人。ちょっとしたことで喧嘩して別れてしまった。
驚く侑
加奈子
私、ここ数年、彼を探してたの。
展示会に出品してたモンゴル砂漠の写真と名前がネットに出てて、すぐわかった。それで連絡取ったら、まだ結婚してなくて、私を探してたって。
無言の真治と侑
加奈子
でもね。彼今、ホスピスにいるの。膵臓癌で余命10ヶ月だって。私と会えるかも知れないと甲府の。彼とその10ヶ月を一緒に夫婦として過ごしたいの。
侑、真治さん、はっきり言うわ。最愛の人と最後に暮らさせてください。
真治
無言。
真治さん、あなたはあの由美子さんとなかよくやってください。私は早くから知ってたの。同じ大学の後輩で会社の部下、やりてで頭が良くてあなたが連れまわしているうちに愛し合うようになって今では夫婦同然だそうね。良かったじゃない。私はそれを知ってから、この7年間地獄を味わった。夜中いつ帰ってくるかわからないあなたのために食事を作り侑の面倒を見て、家事をし、なんの喜びもなかった。侑と一緒の時間だけが救いだったけど、この子も大人になって私の手を離れ、巣立って行く。私はすがるように小佐野晋の名前を探した。私はやっともとの加奈子に、木下加奈子にもどれた。
侑
お父さんがそとに女がいることは私も偶然しって、いろいろ調べた。ひどい男だと思った。絶対こういう男は許せない、選ぶまい、と思った。頭がよくて、有名な大学を出て、仕事ができても、お金があっても、家族さへ幸せにできない、結局誰も愛さないし愛せない、その時その時の自分の思いで、選ぶ女が変わっていくだけ。絶対に私は許さない。お母さんが気付く前に私はこの家が壊れていくのを感じてた。お母さんの気持ちはわかるけど、不潔だと思う、昔の男の思い出にすがって、探してたなんて気味が悪い、自分を正当化しないでよ、ばばあが夫に捨てられそうになったからって、ほかに男を作れないからって昔の思い出にすがって、死んでいく恋人と過ごすなんて虫のいい綺麗事を言わないでよ。そんなあんたたちの娘だからわたしもきっとろくなもんじゃない。でも私はもう一人で生きていく。お金はもらう、これから私が歩いていく元を。(泣きながら、)もう出ていく。
侑、自室へ。
呆然とする真治
加奈子 侑の背中に向かって話す
侑、あなたの言う通り、その通りよ。私はあなただけには申し訳ないと思ってる、愛してます。ずっと。涙を拭う加奈子。
真治の顔。アップ
真治
私も懸命に働いてきたんだ、一日中働いて働いて、そんな時お前はどうだった、冷たい女だと思ってた。労いの言葉をかけるでなく、いつ不満を言うだけの妻、愛情のかけらも無かった。そりゃそうだろうな。お前の心の中にずっと晋の影がいたんだからな。好きにすればいいさ。
ドアを開けて出て行く加奈子。ドアが大きな音を立てて閉まる。
自室から出てきた侑、身支度を整えている。
父、真治
娘が出て行くのを茫然と見送る。
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