星の瞬き 習作
星の瞬き
バスが停まり降りる。目線はタラップをおりて、駅ロータリーを見回す。駅名も見る。歩道を歩き出す、向こうから歩いてくる女性から、あらあ、今帰って来たの?と声をかけられる。急ぎ足になる。向こうに30前の女性たちが話している、ベビーカーを押してる女性も。その中の一人と目があう、とっさに路地に駆け込む。
畑と人家の中を急ぎ足で目線が歩く。
ただいまあ、家に入る。奥から母親が、早かったのねえ迎えに行こうと思ってたのに。そんなに遠くないから歩いて来ちゃった。
自分の部屋とおぼしきところに入ると姿見に顎が映る。服を脱ぐ。
冷蔵庫からとって来た缶ビールをプルタブを引いて、そのまま飲む。テーブルから目線の主が現れる。松井花菜28歳、
でこれからどうするの?
帰って来ちゃった。
え、帰って来たって、あんた仕事は?
全部辞めた。もう良いの。夢は夢。一握りの人たちの夢、私には届かなかった、笑う。
自転車を走らせ、宮ヶ浜海岸を通る花菜。橋から何か眺めている見物人2人。
花菜も自転車をおりて近づく。
数人のグループが撮影をしているように見える。
少し見ていると、音声のつもりか本物の釣竿にカラオケ屋にあるようなマイクをぶら下げて俳優らしい男女に近づけている。
気がつくと、家庭用のビデオカメラを熱心に覗きながら撮影している男性、レフ板のつもりかベニヤにアルミホイールを張ったもので俳優らしい男女を照らしている背の高い女性、その後ろで盛んに演技指導をする初老の男性。他に子どもが砂場で遊んでいる。見るともなくその風景を見ていると、音声係りが手を振っている。
花菜ああ、ニコニコ笑いながら。来いよう。
横に大きく首を振る花菜。手を振ってその場を離れる。
居酒屋
ダメだなあ、やっぱり素人は芝居はできん。と初老の監督。
俳優2人は困った顔。カメラを回してたカメラマンは、絵的には悪くなかったですよ、さっちゃん可愛いし、喜ぶ女優幸子。2人見つめ会い、ね!。
照明担当の長身の女性はずっと黙って酒を飲んでいる。
カントク、俺が高校ん時付き合ってたこが帰ってきたみたいで今日も撮影見てました。あの子に出てもらいましょうか?
長身の信子、誰、その子。
音声係りの山田、高1の時鹿児島市内であった美少女コンクールで2位になってスカウトされて東京に行ったんですよ。でも少ししか映画やテレビにも出なくて後はずっと大変だったみたい。
信子、2位かあ。
カントク、でもプロでやってたんだろ、山田頼んでくれ。
山田、ですよねえ。ちょっと恥ずかしそうに言う。
カメラマンの権藤。何照れてんだか。お前振られたんだろ。
山田、小さくうなづく、
一同ドット受ける。山田も頭をかきながら笑う。
おばさん、花菜ちゃんいますか。
どうした、山田。
ああ、花菜、帰ってきてたんだね。いつまでいるの?
十年ぶりくらいだっけ、随分、なんか変わった
もう行かない。帰って来た。年だし(笑)
山田はこっちでなにやってるの。
俺は会社勤めだよ。なんにも取り得ないし(笑)
そんなことより、俺たち映画作ってるんだ
(笑)あれ映画撮ってたの。
いや、機材は粗末なもんだけど一生懸命なんだ。カントクも年だけど。
あれ、変わり者集団にしか見えなかった。あ、ごめん。
いや良いんだ。本当の事だし。でも楽しいんだ。
ふうん。
あの、花菜、役者が欲しいんだ。カントクが出てもらえないかって。
ギャラは?
あ、みんなボランテイアなんだ。予算少なくて。
私、プロだったんだけど、なんてね、冗談。でももう良いの。やりたくない、ごめんね、せっかく誘ってくれたのに。
い、いや。こっちこそごめん。あの良かったら今度久しぶりに太とか美優とか誘ってご飯食べに行かない?
良いね、電話して。
長寿庵
花菜:良いとこだね。音楽もお洒落で。
美優:それで帰ってきてなにするの
花菜:なんにも考えてない。
太:可愛かったもんなあ、花菜、俺も密かに(笑)
美優:山田、まだ映画作ってんの?なんかあのカントク評判悪いよ。なんだか知らないけどいろんなとこにカメラ持ち込んで。何撮ってるのか気味が悪いって。
山田:そうなんだよなあ。でも杉井さん、一生懸命なんだよ。この町の良いとこをもっともっと世の中の人に知ってもらいたいって、映画にしてたくさんの人にみてもらって、来て幸せになって欲しいって。
花菜:それ、別に役所の人に任せとけば良いんじゃない。なにも自分がやらなくても
山田:フィルムコミッションって知ってる?よね。大きな映画をこの街で撮って欲しいって言ってるんだ。そのために良い景色や催し、文化を紹介
花菜:何言ってんの、あんな子供騙しでそんなことできるわけないじゃない。
太:花菜言い過ぎだよ、山田たち懸命だよ。お前だって、東京に行く時あんなに張り切ってたじゃないか、のこのこ帰ってきて偉そうに。
花菜:あんたたちと一緒にしないでよ、田舎もんが。
美優:花菜。
花菜泣き出す。山田たまらずそばに行く、
花菜:そばに来ないで、
フラフラしながら帰る。
月明かりの中を四人が帰っていく。
カントク、知林ヶ島で映画のロケがあるんだって。
え、見に行こうか。
お、行こういこう。
100人を越すロケ隊、たくさんの機材。
杉井、山田たちは、人混みの中でただただ驚く。
主役を乗せた車が海岸通りを走り現場に向かっている。
買い物袋を下げた自転車で偶然ロケ現場を通りかかった花菜。
何事かと自転車を止める花菜。
車の窓が開き、主役の瞳が声をかける。
花菜ちゃあん、どうしたのこんなところで。偶然だね。
こんなところって私の町。ロケやるの?
瞳、そう、今度やっと主演を射止めてなんとか人目につける長かった。
あなたが2位、私が3位(笑)
花菜:(笑)良かったねえ瞳ちゃん。ガニ股直ったの、バレたら降ろされるから気をつけなくちゃね(笑)
瞳、くにに帰ったって聞いてたけど本当に帰ったんだ、こんな田舎じゃ大変だね、でも自分の田舎だからね。田舎もんにはわからない素敵なとこよ。気が向いたら遊びに来てね。
うん、気が向いたらね(笑)じゃあ。
花菜:くっそう、あの3位がああ。
事務所兼溜まり場の杉井の家
山田、機材を買おう。俺たちの機材じゃ良い映像は撮れない。
金が無いですよ。みんな貧乏だし。
おれ、結婚資金に貯めた金があるんだ。
え、結婚するつもりですか、まだ。
昔、惚れた女がいたんだ。
え、初耳だなあ。
もう要らないからこれで買うぞ。
里見:こんばんわあ、私もビールっと。何話してたの深刻な顔して。
カントクが今日のロケ見てショック受けて、カメラとか、マイクとか本物の機材が欲しいって言い出した。貯金で買うんだって、
里見、え?そんなことかあ。任しといて。
里見の経営するスナック湯の里
湯の国建設社長湯田がまた幸子に絡んでいる。
里見湯田に、あんたねえ、うちの店にもう来ないでね。
え、何で?
あんた困るのよ、こんなおとなしいウブな子を相手にいつも。
俺がどこに来ようと俺の勝手だあ。
じゃあね、人助けをしなさい、それができたら来てもよし。そんっ代わり毎日来るのよ。そうねえ、三年間毎日。
おうう、良いともさ。くるよう。
それで前金。
え?
カントクうう、いくらかかるの?
ええ?84万かな、なあ山田、中古のカメラとかガンマイク買えるなあ。
山田そうですねギリギリ。
里見:面倒だから100万にしなさい。ね、100万だって。社長。
湯田、え?
あのバブルの時隠した株券売ればそんくらいすぐできるでしょ。知ってるのよ。ほらあそこで飲んでるのは税務署長、一緒に飲む?
いいいや、前金で毎日飲めるんだな、そうよ、もうけたわね。
杉井(?)
良いんですか?なんかすみません。
良いのよ、使う人が使った方が世のためよ。
飲み代ただだけど。セット料金はしっかりもらうからね、わかった?
わかった。
幸ちゃん、明日から昼間に移ってね
湯田、えええええ?
山田家
山田ー、居る?
花菜ちゃあん、おばさん会いたかったわよう。綺麗になってまあ。智の嫁になってくれるんでしょ。もう花菜ちゃんが東京に行っちゃってからもうしょげまくって大変だったのよ。(笑)(笑)
いや、まあその話はおいといて。山田いますか。今近所の法事に行かせてるの、すぐ帰るわ。ちょっと待っててね。でどうだったの。キムタクとか嵐には会えてたんでしょう。聞かせてよ。
おふくろ、またくだらない話してんじゃないよ。花菜なんか。
この前映画作るって言うあの話は、乗った。
え?出演してくれるの?
監督やる。
え?カントク?
そ、脚本監督。あの腐れ3位に負けてたまるか。機材も良いのかうぞ。
あ、機材は買ったんだ、ひょんなことからてにはいった。
一応業務用のカメラとかいろいろ。
よし今まであっためてた話があるから台本にしてくる。
そのみんなにあわせて。なんて言うの?
あ、指宿映画クラブ。
昼間に移った幸子。コーヒーを運んでいる、子どもが横切る、コーヒーがこぼれて左手首のテープが剥がれる。リストカットの跡。子どもを追いかけて来た母親が見つけて驚く。
怯える幸子。
そのまま外に飛び出す。追いかける里見。見失い、山田やカメラマンの権藤、俳優兼助監督の弓木が探している。
幸子気がつくと小学校の音楽室に来て居る。恐る恐る引き戸を引く。ガラガラ。
古いピアノの前に座る幸子。
ピアノの蓋を開けて、右手を鍵盤に乗せる、ゆっくり指に力をこめる。メジャーセブンスの響。マイナーセブンス、ディミニッシュ、と指を這わせて行く。
突然
亡き王女のためのパバーヌを弾き始める。小さな幸子の体がピアノからはみ出しながら紡がれる音は、探すみんなに聞こえる。やがて幸子は即興で弾き始める。悲しげにしかしリズミカルに時には挑む様にまた懐かしく。
幸子は弾きながら気が付く。みんな音楽室の窓に張り付いて聞いている。
涙を流している信子。
「よし、」と杉井。
花菜が撮影に参加。厳しい表情で老人と子どもを見つめて居る。
しかし、優しく秋君、君はおじいちゃんを大好きだよね。だから、おじいちゃんの顔を一生懸命見るの、何か言おうとする時、君の大好きなおじいちゃんは優しくお話してくれるでしょ。
うん、。じゃやってみよう。
スタート。
快調にシーンは撮り終わって行く。
花菜の映画台本
おじいちゃんが子供の頃聞いた指宿の不思議な話、魚見岳の近く二反田川の細い部分で三日月の夜狐親子が水を含んで空に吹き出すと、月明かりの中、綺麗な虹が出る。その虹の中には世界中の花が咲き乱れてそれは美しいのだ。
子ども役の秋は懸命に祖父役を見つめて話を聞き漏らすまいとして居る。
杉井:山田、湯田社長はこのままずっと里見さんの店で飲むのかなあ、なんだか里見さんからお金をもらったことにならないかなあ。
山田:カントク、知らないんですか、あの2人は夫婦なんですよ。一応籍はまだ入ってるけど別居してて社長が里見さんに会いに来てるんです。
なんだそうかあ。でも悪いなあ。
いいんですよ、セット料金もらうって言ってたから。湯田社長はたくさんお金持ってるし。
でも花菜ちゃん凄いな、やっぱり。プロの中で仕事してたからなあ。
本当は裏方やりたかったって言ってました。
またリムジンバスから1人の女が降り立った。大きなバッグを二つ提げてフラフラと歩く。子供連れ。
夜更けに映像編集する信子。傍らで映像のカットや色彩に注文をつける花菜。
ちょっと休憩しよっか、花菜ちゃん。はい、あ、私がやりますよ。悪い、じゃお菓子持ってくるね。
信子さん凄い英語力なんですね、驚いちゃった、道を聞いてきた観光客と談笑しちゃうんだもん。
ああ、あの程度はね、私ね、ハリウッドに行って仕事したくて英語始めたの。
それで高校の教師になったんだけど、まだ全然諦めて無くてだから映像編集やってる。もっと、早くもっと高度なスキルを手に入れたいけどそれには現地に行かなくちゃと思ってるの。
凄いですね。良いなあ、でしょ。花菜ちゃんも目指せ。何を目指そうかな。とりあえずカンヌかな(笑)。2人で(笑)
花菜の台本
おじいちゃんの話
秋の終わり、冬の始め山から河童がおりてくる、夏にはまた河童が山に帰っていく。その時河童はヒューヒューと鳴きながら川の中を歩き、お腹をドンドンと叩く、だから寝静まった夜更け、耳を澄ますとヒューヒュードンドンと河童の行列の音が聞こえる。それを見ようとしても見えない。無理に見ようとすると死んでしまう。
自室で杉井に言われた映像につける曲作りをして居る幸子。リストカットの跡を触る。窓を開け、空を見上げる。星が降るように空に散りばめられている。空の星からカメラがおりて来て1人の女の顔を映す。由子。海岸に座り、潮騒を聞いている。
由子さん、隣に座って良い?
あ、里見さん、久しぶりです。
帰って来たの?
ええ。
杉井さんまだ1人でいるよ。
そうですか。
あなたは?
私、離婚したんです。当時杉井さんが映画漬けでなんにもかえりみないから当て付けのつもりでお見合いしたら、優しい人で、生活力あるし、結婚ってこう言う人とするんだって思ってプロポーズ受けて気がついたら10年。でもいろいろあって別れました。
会社から帰ってくるとテレビを着けて風呂に入ってビール飲んでプロ野球に熱くなって休みはパチンコ行って、なんにも無い人。娘は1人、小学校2年生。ある日突然「男ができた」って言ってみたの。そしたらぽかんとして笑うの。何がおかしいのかしら。バカにしてるのかなっておもって。寝たって言ったの。そしたら急に真顔になって殴られた。蹴られて外に叩き出された。私可笑しくてこんなものかと思っちゃった。
あんたの心の奥には男がいるんだものね。仕方無いよ。
そんなこと無いですよ。とっくに火も消えてる。
でもね、時々、本当にたまにですけど、ふっと思い出すことがあったんです。
そんな事もあったなあって。
2人笑って空を仰ぎ見る
星空。
星空から窓を透して自室で狐が虹色の水を吹いているイラストを書いている花菜。
花菜の台本から
おじいちゃんの話
子供の頃おじいちゃんのおばあちゃんとあぜ道を歩いていると、清見岳の方から大きな大きな火の玉が飛んでくる。それは道の上に降りるとまるでオートバイの様に道の上を走ってくる。おばあちゃんはとっさにおじいちゃんをかばって、溝に2人で体を伏せてじっとしてたらその光はものすごい光を放ちながら遠ざかって行った。
再び星空。
夜空の下、魚見岳の麓二反田川のほとり狐の虹が空に向かっている。
撮影現場
モニターを見る花菜。カメラマンの権藤ににっこり笑う。親指。
モニターから映像が映る。広角に入った二反田川、遠くの魚見岳。
権藤は今日は調子が良い。撮りたい映像が撮れている。権藤は町の写真館の跡継ぎだが、最近はデジタルカメラで撮るから現像がなくなり、データを持ってきてプリントにすると言うお客だけでは食べて行けないのが悩みの種。それでも葬式に使う遺影の処理でなんとか食いつないでいる。葬式が入ると撮影を放り出して商売に走る、補佐はカントクの杉井だ。権藤は指宿の自然を撮ることを得意としている。霧に霞む開聞岳、青々と豊かな池田湖の棚田、鰻池の風情ある温泉、池田湖の尾下地区と言う過疎地区。どれを撮っても無常の美だとおもっている。指宿の自然を撮影した写真で権威ある賞を撮るのが夢だ。
花菜は自転車で走っている。
海岸通りから折れて国道に向かう。中学から山手へ。地元の幼稚園が経営する子供のための砦。そこから暗い森になる。
中学生の頃来た神社。さらに山に向かう。森。人間が入ってはいけない森、神様と人間の境界線がある。スマホで撮る。見上げると杉木立が迫ってくる。
東京で最初はちょっとしたアイドルもののテレビに数本出演、主演のドラマも数本出演。顔が凛としているので時代劇の脇役に、そこから幾つか仕事も入った。歌も歌った。鳴かず飛ばず。モデルの仕事もやった、グラビアもやった。そのうち、地方の観光ポスターのモデル、パンフレットに。これはお金も入ったし、そこそこ売れっ子みたいに忙しかった。でも同じモデルはみんな使わなかった。スーパーのチラシのモデル、地方のCMと色々な仕事を毎日こなしているうちに、悩み始めた。
優しくしてくれた広告代理店のディレクターと付き合ってプロポーズされた。もう業界に浮き立つ年でもなかったし、経験がこの世界の事をはっきり教えていた。
やはり、自分はだめなんだと思って泣いた。その時、この森が浮かんだ。指宿に帰ろう、ひょっとすると何か心の中にある何か、わかるかも知れない。
撮影現場
花菜:山田、小さな女の子知らない?表情が良い子が欲しい。
うーん、幼稚園、小学生?
どっちでも良い。とにかく表情。
探してみるよ。
じゃあもうワンテイク行きます。用意。スタート。
祖父と孫は神社で祈る、悲しげな男の子。
おじいちゃん、
大丈夫だから、
神社と2人の後ろ姿。
杉井の家
里見:カントク、弓木さんがいなくなった。
杉井 ?え。
聞いた話だと、人の奥さんと逃げたって。
山田:えー?また弓木さんよりによって、今度は人妻ですか。
花菜 今度はって。
弓木さんああ見えてもてるんですよ、いやああ見えてって。優しいでしょ、だから女の人もその気になるんだけど、それだけだから、まあ、あんまり続かないんですよ。
へえ、それで?
それで亭主が必死で探してて、俺が悪かったって土下座してみんなに頼んで回ってる。
そりゃあ凄いねと権藤。カメラ回そうか。
バカ。
信子弓木と入ってくる。
あれ、いるじゃん。
結局、奥さんは元の鞘に収まったってっこと。弓木さんと奥さんはそれほどいってなかったからただ逃げようってちょっとその辺まで行っただけ。
みんなあっけに取られている。
女の子が入ってくる。
あ、来てくれたの。花菜、どうこの子だけど。
ああ、イメージピッタリ。表情良いねえ。
後ろから由子が入ってくる。
杉井の顔。
撮影現場
神様の森に向かって杉木立を見上げている老人と孫。
その後ろに悠。由子の子供が立っている。
輝くような笑顔。
カーット、花菜の声。
音楽室に集まっているスタッフ
ピアノの前に幸子
初めて作った曲です。聞いてください、ぺこり。
日本の神々を彷彿とさせるイントロから始まり、流れる分散和音に乗せて何処か聞き覚えのある懐かしいメロディ。そこから急に不協和音から始まるメロディに変わる。ジャズのモード奏法に似ている、またメロディは変わり猛々しく低音部を叩きつけるように歌うピアノ。幾つものメロディが交錯し、やがてそのままうねるように動く全体の音。突然終焉。
凍りついた様に息を潜めていたスタッフ全員が立ち上がり、興奮して拍手。
なぜか皆が泣いている。
信子:なんなんだ、サッちゃん。これはこれは。
小さい頃からピアノ習わされてて、嫌だったんだけど、中学の頃から外に出られなくなって、ピアノが友達みたいになって、ただいじってたらだんだん好きになって。こんな感じ。うちのお母さんと里見さんが幼馴染で、夜は良いだろうって引っ張り出してくれたのがあのお店なんです。
ああ、引きこもってたのかあ、わかるわかる。
お前のは単なるサボりだっただろうが
(笑)
曲もできたし、信ちゃん編集はどんな感じ?
大体終わってます。じゃあ曲入れて仕上げて、上映会だな。
また地区の公民館に、子供会と老人会に声かけて来てもらおうか?
ですね。
小さな大牟礼公民館に長い列ができている。
花菜ちゃん、映画監督になったんだってえ
違いますよ松下のおばあちゃん、暇つぶしです。
今度はわしも出る、何言ってんの爺さんセリフ覚えられないくせに
(笑)
悠の友達が群れながら入ってくる。うるさい。
座布団を並べている由子。里見肩をぶつけて意味ありげに笑う。
進展あったかい?
別になにも。でも。
でも、何。
あまりにも変わってなくて呆れたって言うか、がっかりって言うか。
里見、また意味ありげに笑う、
そりゃあ良かった良かった。
挨拶する花菜。
それでこんなに良いところは無いって気がついたんです。生まれ故郷の事は誰でもそう思うと思うけど。だからとにかく小さな子から年齢をたくさん重ねて来た方々までみんなが懐かしいと思って頂けたら幸いです。ではどうぞ。
単身赴任で遠くの街に住んでいるお父さんと離れて周平はお母さんと2人で暮らしている。ある日の夜、お母さんが倒れる。お父さんは電話に出ない、きっと仕事で忙しいのだ。お父さんは映像に汗を拭きながらお客さんに謝っている、電話はマナーモードでなり続ける。
周平は峠を超えたところに住んでいる祖父の雄平に知らせに行く。子供の足ではかなり遠い。
泣きながら走る周平。星空。
木立が怖い。
タイトルバック
「星の瞬き」
やっと雄平の家。車でお母さんの元へ。
救急車で運ばれる。
その夜から周平と雄平は暮らし始める。
雄平の話す昔話に目を輝かせてそのうちに眠りにつく周平。
魚見岳の麓に住む狐の親子は星が降る様な夜に魔法の練習をする、北極星に向かって斜め40度二反田川の冷たい水を口いっぱいに含んで月を片目でみながら身体中の息で噴き出す。お母さん狐のはそれは美しい虹が空いっぱい。子狐のは小さな虹。
幸子の美しいメロデイが映像に絡む。
周平のお母さんはだんだん眠ってばかりになっていく。お父さんはなかなか帰って来れない。お爺さんに頼むとまた遠くの街に言ってしまった。
毎日雄平は話してくれた。河童が川を登る話、鬼火が走ってくる話。
音楽がピアノだけでその映像を膨らませ宇宙まで広げてゆく。
周平は時折目を覚ますお母さんにその話をする。優しく聞いているお母さん。
学校から帰ると家の前に黒い服を来た人たちがたくさん働いている。
近所のおばさんが周平を泣きながら抱きしめてくれた。やっとわかった、お母さんはもう笑ってくれないのだと。話を聞いてくれないのだと。
夜になってお父さんが帰って来た。みんなにお辞儀をしてまわる。
お爺さんにも何度も何度も頭を下げている。
数日後、周平とお爺さんの暮らしがまた始まった。
でもおじいさんは軽トラックで畑に向かう途中トラックに接触され崖から落ちて亡くなった。
お父さんと列車に乗る周平。
気がつくと周平は狐の親子と一緒に夜の虹を作っていた。月の中に微かに見える美しく儚い虹。
河童の行列も中に入って川を登った。みんな昔からの友達だった。鬼火だってあったかくて火の中にある顔は優しそうな笑顔だ。
お父さんの胸にだかれて周平は列車の座席で眠っている。列車は星空に向かってどんどん登って行く。星空はやがて優しいお母さんの顔になった。
終わり。
会場は拍手の渦。観衆に混ざって花菜が所属していた事務所の社長がきていた。
誰にも気づかれない様にそっと表へ。しきりに涙をふいている。
お客様が帰った会場でスタッフが万歳を叫んでいる。
それから飛び飛びに映像はうちあげ、DVDの売り上げ、照れながら話す杉井と由子。を写して行く。
出演者がエンドロールに流れ始める。幸子が作ったテーマがひときわ大きく流れる。エンドロールが始まっても会場は席を立たない。
エンドロールに指宿で生きる人たちが映し出されているからだ。
郵便局の配達車がとまる。カタンとなるポストの音。雨がふっている。
雨で濡れて行く封筒。
帰宅した花菜がポストを探る。封筒に気がつき手にして家の中。
滲んで読みにくい、中を開く。
日本映画協会
受賞の文字がストップモーションでかすれながら映る。
END
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