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2007年2月11日

2007年2月11日 (日)

編集

製作氏はこの2日間編集作業に没頭しています。ハリウッドでも使われているという「Final cut studio」というアプリケーションを使って四苦八苦して作業しています。このアプリケーションはマニュアルがなんと10冊、全体の厚さが25センチの高さになるというしろものです。どうにか理解しながら作業していますが、作品の内容、撮影されたテープの出来、演技、ライティング、背景、音声等全てを気にしながらなので時間がかかることといったらありません。それでもアプリケーションはなんとかねじ伏せて、6分近くまでたどり着きました。1話完成まであと8分、つぎはぎが終わったら、つなぎを加工、トランジションと言う機能を使ってなめらかな感じや、時間を経た感じ、距離を感じさせる処理等やり、それがうまくいったら撮影で音声がうまくいかなかったところや、少し変更したいセリフをあとから かぶせる作業をします。そして、効果音、を入れます。それがすんだら製作氏のお楽しみ、BGMとテーマミュージック、エンディングテーマを入れます。最中に撮り直しがまた発生したり、光量が足りないものを補正したり、色が変わっているものを補正したりする作業がありますからまだまだ時間がかかりそうです。しかし、菜の花マラソンが既に終わり、皆さんの熱がうすらいでいくのでなるべく早くみて頂かなくてはと思い、懸命の作業を進めていますので、もう少しお待ちください。
2話以降にも楽しい音楽を盛りだくさん入れていきたいと思っていますが指宿在住のミュージシャンたちの作品も入れる予定です。歌だけの参加者も既に名乗りを上げています。我こそはと思う方の参加をお待ちしています。詩・曲の提供から、演奏、歌唱何でも良いです。

今日はxにンy脚の撮り直しでした。

X人Y脚は難しいですねえ。よくあんなにできるモンだと思っていたら何回も練習あるのみだそうです。だから撮影ですからはい、やりましょうってできるわけないでした。前回は製作氏は声を枯らして演出・指導したので疲れて、今回はなんと事務局長がでてきて指導・演出しました。監督は私は音声!と言って、演出しません。製作氏も監督も前回で懲りたのかな。今日の撮影は先生役の花木さんが参加してくれました。美人ADと同じ職場でこの方もやはり長身の美人です。さあ、本編が楽しみになってきたでしょう。3箇所からカメラを回して例によって何回も演技の末、製作氏によれば、まあまあの絵が撮れました。スケベ医者こと事務局長さんご苦労様でした。

連休もったいないので

3日間の連休です。ここで一発と思っていたら役者のスケジュールが合わず、ぱあ。でも撮り直しが一つ、バンドのシーンを一つ撮ることになりました。ぎりぎりまで何を撮るか決まらず、しかし、この休日はなにかしないともったいないとむりやり押し込みました。10日は無し、11日はX人Y脚の撮り直しです。しかし、急だったので、手配にまたまた手こずりました。なかでもバンドシーンは撮影場所の手配から照明をしてくださるかたの手配と本当にぎりぎりで決まりました。照明のAさんは2人目のお孫さんを連れて都城まで行くことになっていてとても嬉しそうなのを、私たちのために、予定を一日早めて帰ってきて仕事をしてくださることになりました。本当に申し訳なく、また感謝の気持ちは言葉では言い表せないほどです。バンドは指高の部活シーンと温泉祭りのステージシーンです。今回は南中からドラマーとして大村ゆうすけくんと吹奏楽部の前部長の原田さんが特別参加してくれます。みなさん本当にありがとうございます。ギターはいつものバンド仲間、康ちゃん;ギター、バンド、チロルのベースでリーダーのしょうた、ボーカルはいつもの有美ちゃん、そしてドラムは特別参加のゆうすけ君、トランペットに原田さんです。キーボードがいないので今日のうちに探さなくては。

突然、撮影

こちらはRKB毎日と申します、と製作氏の携帯に突然の電話。毎週木曜7時から流してる旅番組のディレクターからで、JRの駅周辺の旬な食べ物を中心に、旬な人も取り上げているそうです。市役所に聞いたら、今映画を作ってる素人集団がいると聞いて連絡したそうです。なかなか急な話でしかも平日に撮影したいとのこと、成人はとりあえず全員働いているし、子どもたちは学校にいってるので、難しい注文でしたが、火曜5時からの取材を引き受けました。なんとかスケジュールを合わせた筈でしたが、みんな仕事が押して、撮影現場のふれあい公園に直行、するとガンマイクをスタッフが自宅に持ち帰っていて無い、照明の電球が誰かの車に入ったままで無い、カメラマンが喜入まできているが遅れる、といつものパニックがまたまた発生。ま、いいか、と製作氏いつものテゲテゲ路線で始めました。それでもガンマイクが幾多の苦難をくぐり抜けて手に入り、FONのカメラ搭載の照明で撮影が可能になりました。驚いたのは望美も美知留も以前の演技ではないこと、特に望美は格段の進歩を見せていました。ふれあい公園のログハウスをバックに少女たちの「好きな人がいるの」話しが展開する中、本職のカメラマンや照明さんたちはかなり面白がってくれました。ごっこ遊びをする子どもたちを見守る大人の優しさで、驚いたり笑い出したりしながらもガンマイクのアダプターがないと、キャノンをつないで本格的に集音ができるようにしてくれたり、照明打ちましょうか?とバックのログハウスを専用機材で照らしてくれたり、とうとう、カメラ代わりましょうかと言い出したり、なかなか楽しい撮影でした。しかし、スタッフが少なかったので本撮影はまた3月に来ますとの事、たぶんまだまだ押してるから撮ってるはずなので今度こそちゃんとした撮影風景をお見せできると思います。

主役は体調に気を付けよう

撮影も1話の終盤に入り、気合いを入れて撮ろうと今度こそは万全を期していました。製作氏はこだTに絵コンテを描くようお願いし、なかなかりっぱな絵コンテが上がり、いつもの店でうち合わせ。新しく参加するFONの川島さんはメイキングのスチール担当です。なかなか良くできた絵コンテに全員感服、製作氏は「これからずっと描いてね、」、こだTは「いやあ、ちょっと大変で・・・」。でもこれから撮影の度に絵コンテを描くことになったようです。さて前日事務局長から製作氏に「拓也がインフルエンザでダウンしました」の電話、製作氏の「えーっ」の声は泣き声になっていたかも知れません。あのシーンは拓也無しでは撮れないよなあ、ああ。で翌日の本編の始まりものすごく大事なシーンで、根回し、各方面への依頼等かなり段取りが必要な仕事が、「まだ起きれないそうです」の事務局長からの電話。ああ!で2日間がぱあ、でも全員、やっと休めると喜んだかは不明。
外から帰ったら、まず手を洗い、良くうがい、睡眠を充分に、栄養のあるものを食べて無理をしないこと、ですよね。拓也役の圭ちゃん、そこの製作氏、あんたもだよ。

休暇村まえの海岸

本編前の導入部分の最後、かなり大事なシーンの撮影を休暇村の知林ヶ島が見える海岸で撮りました。望美役の肥後桃子ちゃんと拓也役の松山黎也君を大勢の大人が取り巻き、いつも元気な笑顔の瑠璃華と、あどけないアイドル、妹の麗華が華を添えてくれました。この日もピーカンには遠く、今一つ、太陽の顔が見えません。製作氏の意図する構図は「自衛隊に入ろう!」、これに事務局長は成る程と同意、製作氏は監督に考えてもらう案も持っていましたが、時間的にこれだけしか撮れませんでした。砂浜なので潮が満ちてきて、撮影現場まで迫ります、その度に移動、レフ板を持っていた製作氏も逃げ回り、変わった大道具のHさんも困っていました。望美ちゃんの目線を作るのは美人AD、誰かがみたら、なんて可愛い仕草をする綺麗な女性と思ったことでしょう。ときおり拓也役の黎也を遊びに行ってしまう監督をみんなで呼んで、押さえ込んで、さあ用意、スタート。しかし、冬の夕日は山陰に沈もうとします、さあ、急げ、ああ、今度は雲に隠れた。簡単に終わる筈のシーンにまたまた手こずりましたが、全国の皆さんに知林ヶ島を知って頂ける映像になったかどうかは本編をみてのお楽しみです。

やっと

お金が底を尽き、手出しもそろそろ限界になり始めた今日この頃、相信のまちづくり資金が1月31日頂けました。事務局長、制作氏ともども安堵、しかし、みなさんが出してくれていた、立て替えの領収書、お弁当やさん、バスの燃料代等を支払ったら、もう空っぽ。制作氏とこだわりのカメラマンTが欲しいと言ってた広角と望遠のコンバージョンレンズを買うと、また借金暮らしに舞い戻るのでそれはガマンガマン。でも、うっかり破損していた照明の電球(5000円×2)を買ったら、ああ、マイナスーーっつ。みなさーん、助けてくださーい、同情するなら金をくれーっ。などと叫びたい今日この頃です。支援してくれてるFONの北原さんが鹿児島指宿会にかけあい援助を頼みましたがその幹事会に制作氏が参加させて頂き、現状を説明してきました。しかし、どうしても足りないときはどうするの?の質問に制作氏「ま、ないならないでなんとかなります。最初からあまりあてにしてませんから」の声に会のみなさんから、ため息混じりに「あなた、それは心にしまっておきなさい、口に出していうことじゃない」とお叱りを頂いてしまいました。ま、この男はいくつになっても子どもです。
 でも全国にある「指宿会」に協賛・協力の書簡を出すというアイディアを頂いたので事務局長に意気揚々と報告したことでした。さあ、これで何百万も全国から送ってくるぞう、そんときはあれを買って、これをして、などとわけのわからないNさんと制作氏でした。

あれからこっち

菜の花マラソンの撮影後、取りあえずのラッシュを見る会をしました。殆どのスタッフと主役二人が狭い制作氏のリビングに集まり、わいわいがやがや。「あれはおかしい」「だから言ったのに」「撮り直し!」「こんなはずでは?」等々の声が出る中その度に大笑い。制作氏は大勢のつっこみにときおり「人の苦労も知らんと(怒)」とむっとする、それにすかさず突っ込み、また笑い、とまあ、にぎやかな一夜でした。結論は一部を撮り直す、カメラは「無言で」(これは楽屋落ち)、で落ち着きましたが、まだまだ1話のアップには時間がかかりそうです。

太平次 旅立ち

  • 216
    指宿ムービープロジェクト制作の6つめ(名義は7作目)の映像は指宿まるごと博物館と共同で制作する「TAHEIJI旅立ち」 幕末の指宿に生まれ、海上王として花開き、日本の長者番付でトップになり、島津藩の逼迫した財政を立て直し、ついに明治維新へと舵を切らせた希代の英雄、濱崎太平次を多くの資料や聞き書きによって脚本化し、念願のドラマを今年造ります

好奇心の漂流記

  • 打ち寄せる青い波
    2010年7月からクランクインした「好奇心の漂流記」もやっとクランクアップが見えて来ました。とは言え、今日も「見た目」「イメージ」「・・・」を撮影に1人うろうろ、してる人物がいます。今年こそは指宿市民会館で上映できると張り切っています。このアルバムはブログで紹介できなかった様子をそのままお見せしています.

ふるさとCM撮影

  • 菜の花畑で
    3月30日、春休み最後の日を利用して、菜の花が最後まで残った池田湖の菜の花畑をお借りして撮影しました。締め切りは今年9月ですが、菜の花がテーマなのでいち早く撮影しました。なんと1日で。

5年後の縁結び

  • Pict0095
    2008年9月7日日曜日クランクアップの日。今まで携わってくれた方全員は集まれませんでしたが、中学生を中心に知林ヶ島が見える海岸に集合しました。最後の撮影はまた、大急ぎで行われ、なんとか撮り終わりました。この後、記念撮影の後、制作サイドで用意した記念品を配り、主演の宮田絵里花 さんと若松大義くん、それに最年少の輝帆ちゃんとひなちゃんに花束贈呈をしました。絵里花ちゃんたちはサプライズとして、みんなで色紙を書いて制作統括に渡し、統括は目を潤ませるといった1シーンもありました

トリオ撮影日記

  • Pict0665
    指宿ムービープロジェクト実験ドラマ「トリオ」の撮影風景です。たった6日間の軌跡です。しっかり、楽しんで、たくさんの思い出を残し、良い映画を作りたいです。

今までのナイスショット

  • Dsc00348
    今まで撮影した中、あるいは、スチールを撮りに行った時のナイスしょっと等載せました。この中からアイドルが生まれるかもね

入院中の望美

  • Photo_1
    ヒロイン;望美が事故に遭い入院してるのがこの病院、最初の話では鹿児島市で事故に遭い、救急車で鹿児島市内の病院に運ばれ、指宿市内の病院に転院という設定でしたが、救急車が指宿市内まで運んでくれたことになり、この南記念クリニックで撮影させていただくことになりました。というのはカメラマンの樋園さんがここで理学療法士として働いているため。先生その節はお世話になりました。

事故シーン

  • Photo
    指宿中央自動車学校と鹿児島中央駅キャンセビル横で撮影した事故シーンの写真 役者・スタッフを前に前説をするむっちゃん、寒さの中をじっと耐えるエキストラの面々、等見所充分。とはいえやはり、血だらけで横たわる望美嬢の悲惨さに目をつぶることはできません。 この日は2つの街が現場なのと大勢の方に協力を頂いているのでもう、大変でした。雨も降ったりやんだり、突然晴れたり、もう、どっちかにしてくれ、撮影できないよ
フォトアルバム

指宿ムービープロジェクト関連サイト

  • FB  指宿ムービープロジェクト
    指宿市を舞台に映画作りをしています。指宿が生んだ幕末の豪商、浜崎太平次と指宿に伝わる篤姫の話しを映像にしました
  • 指宿ムービープロジェクト公式ホームページ
    指宿ムービープロジェクト実行委員会のすべてを掲載しています
  • 指宿市役所
  • いぶすき菜の花マラソン実行委員会
    新年第二日曜日に指宿市内で行われるマラソン大会。沿道には早咲きの菜の花が咲きそろい、市民が応援する、おもてなしのマラソン大会来年で29回うぃ数える、14,000名を超える参加者がある。
  • 平成版IT湯治
     湯治という営みは、まだ病院や医学の知識も無い遠い昔から、人々が元気になる為の手段として有りました。 労働や、日常の様々なストレスの中で疲れた心と体を、薬でなくとも温泉や自然、静かな環境などが癒してくれることを、人々はその体験から知っていたのです。  この体感的に感じていた温泉の湯治効果を、現代のIT技術で、目で見て判るかたちで知り、それを観光や日常の健康づくりに活かそうという試みが、指宿温泉で始まりました。  それが「平成版IT湯治」です。